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組織の複雑化による自縄自縛に、要注意

経営コンサルティング業を20年続けていると、「横ぐし組織」との仕事が多いことに改めて気が付く。従来とは違う切り口が欲しいという動機から、多くの「横ぐし組織」は作られる。その動機は、外部視点を入れたコンサルティング・プロジェクトと相性が良いため、必然的に出会いが多くなるのだろう。

コンサルタントでなくとも、きっとCOMEMO読者も、会社人生上「横ぐし組織」を、少なくとも横目で、経験されているはずだ。実は、紙面上はよく見えても、横ぐしに代表される組織の複雑化には、代償が伴う。十分注意して設計しなければならない。

組織を複雑にする誘惑は大きい。単一次元の「縦割り」組織(例えば、製品カテゴリー分け)では、全体最適よりも部分最適が優先されてしまいがちだ。縦割られた組織が営業する顧客先が重なっていれば、営業の無駄はもちろん、顧客のために会社全体として最善の提案ができない可能性が高い。また、縦割りにあるバックオフィスも、それぞれの流儀で同じような仕事をしていて、無駄が多くなる。さらに、縦割りの中で発想が閉じてしまい、イノベーションが起こりにくい。特に環境変化が激しい現代、致命的だ。

このとき、大々的に組織を解体せずとも改良できる案が「マトリックス」、すなわち「横ぐし」の登場である。例えば、金融の場合、銀行、信託、証券といった旧来からあるエンティティの縦軸に対して、リテール、大企業、海外企業といった顧客軸の横軸を配してマトリックス化する。消費財の場合、地域軸とブランド軸を掛け合わせることが多い。

日本企業でも海外でも、マトリックス組織は広く適用されている。筆者の属するコンサルティング業界も例外ではない。が、その運用は想像以上に難しい。

まず、縦・横に重なる組織にとって、その「交差点」で問題がある場合、縦・横どちらが責任を取るのかがあいまいになりがちだ。例えば、日本のAブランドで問題が起きたとき、その責任は日本という地域の長にあるのか、Aブランドを司るグローバルな責任者にあるのか?普段からよほど両社の連携が良くない限り、責任の擦り付け合いに陥ってしまう。

平時においても、このあいまいさが課題となる。「交差点」はすなわち現場だが、その司令塔となる縦・横の組織において、どこまでがどちらの役割なのか?マトリックス組織の現場にいる当人には、2人(悪くすると3人以上)の上司がいるため、相当な調整能力が社内のために使われることになる。

もし縦横二つの司令塔で意見に相違がある場合、どのように解決されるのか?ハイレベルでは合意があっても、取り決めの詳細が欠けることが多い。すると、現実的には、ともかく予算を持っているほうが決めるーという解決になりがちで、すり合わせによってより良い解を導くという、そもそものマトリックスの良さが失われるリスクがある。

このように課題山積のマトリックス組織だが、うまく動かせれば利点は多い。交差点である現場が多角的な視点をもって動き、会社全体がつねに全体最適になることがマトリックスの理想である。

この交差点を究極的に「個人個人」ととらえ、その自律性に最大限期待するのが、構造を取り払う「ティール組織」の哲学だ。ティール組織の極端に走らないまでも、マトリックスを機能させるため、二つの要諦を紹介したい。

ひとつは、新しくつくる組織に含める機能の必要十分をあらかじめ設計することだ。柳沢元厚労相の発言に、各府省でICT担当の部署を残したままデジタル庁―横ぐし組織―をつくれば、組織体制の集約が不十分であるとあるが、まさしく同じことは企業の世界でもよく起こる。

特にデジタルの世界は、内部インフラ的なITとユーザー(顧客や国民)に近いITが混在しているため、どこを新しい組織として線引きするのかが難しい。しかし、線引きをあいまいにしたままでは、重複が残る。全体としての推進力が欠けたまま、新旧どちらの組織も肥大化するという最悪のシナリオになりかねない。

次に、マトリックスの交差点である現場が動きやすい作りになっているかを、現場の視点から検証したい。全社最適の戦略が、どのように縦横の司令塔から現場に伝えられるのか?結果の責任は、どちらの司令塔がどのKPIを担うのか?このとき、これらのKPIがトレードオフの関係にならないよう注意が必要だ。

柳沢元厚労省はここでも「安易に司令塔を増やすべきではない」とくぎを刺している。同感だ。ミドル層の指揮命令系統が複雑化すると、トップでもその動きを掌握しきれなくなり「きっと、やってくれているのだろう」と信じて、結果を見るしか、なす術がなくなってしまう。これでは、良い意味の「任せる経営」ではなく、経営放棄に近い。その間、複数の司令塔に口出しされレポートする現場は、疲弊が進むだけだ。

エントロピー増大が物理法則であるように、放っておけば、組織は複雑化する傾向があるようだ。また、リーダーシップが代われば新しい組織を作りたくなるのも世の常。その誘惑にかられる前に立ち止まり、整理することが大切だろう。

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