翻訳が紐解く文学と社会
先月のMOTION GALLERY CROSSONGの特集は、『翻訳が紐解く文学と社会』と題して、西崎憲さん(翻訳家/作家)と松永美穂さん(翻訳家/早稲田大学教授)をゲストにお迎えしてお送りしまました。
そう、今回のゲストのお二人には共通点があります。
それは、お二人がともに立ち上げから「日本翻訳大賞」携わり選考委員をつとめてらっしゃるということ。
「日本翻訳大賞」は、世界のなかでも豊かな翻訳文化をもつと言われている日本なのに、不思議なことに翻訳者を顕彰する賞はこれまでほとんど無い!ということ背景に、「もっと翻訳者に光があたるように」と翻訳家の西崎憲が発起し、設立を決めたのが始まりです。
その「日本翻訳大賞」の設立時には、MOTION GALLERY でクラウドファンディングを実施いただきましたが、開始後あっ!!!という間に目標金額を達成するだけでなく、初年度の実施を目標金額に据えていたにも関わらず、3年間の運営費以上のお金が集まってしまい、急遽プロジェクト終了することに至ったというとても記憶に深く残っているプロジェクトでもあります。
それから着実に毎年日本に翻訳の文化的な意義、そして翻訳がどのように外国文学を日本に”流通”させる上で大きな役割を果たしているかを広めて来ている、とても注目されている大賞となっています。
今年読むべき外国文学がとてもよく分かってそして読みたくなることは当然として、「ロボットってどう訳するんだっけ?」とかとても気になる話が沢山。ぜひ聞いてください!
「翻訳家が賞賛する翻訳」
初回となる今回は、ゲストのお二人がともに立ち上げから携わり選考委員をつとめてらっしゃる「日本翻訳大賞」についてお話しいただきました。
発起人であるゲスト西崎さんのTwitter投稿に、あの「ぷよぷよ」を手がけた米光一成さんが賛同したことから始まったという「日本翻訳大賞」。それまで翻訳者を顕彰する賞はほとんどなかったなかで、翻訳家からみて賞賛の気持ちを感じるものに贈るとして、どうやってフォーマットをつくりあげていったのか、原文があればSNS投稿や日本の古典もOK!という対象の広さ、一般選考と選考委員の票をミックスするからこその気付きなど、設立時のクラウドファンディング含め今もインディーズとして継続するそのスタイルに、ぜひ来年参加してみたくなりますね…!
そして長井さんが村上春樹さんによる翻訳本を読んだというエピソードから、翻訳する際の「自分」の出し方とそしてその逆についての考察も、非常に興味深いトークとなりました!
さらには、特集にちなんだ翻訳本の話題で、”女性がいなくなった世界を描いたSF短編”のこと(長井さん)、「冷血」を書いたカポーティのこと(武田さん)など、オープニングやエンディングもお聞き逃しなく…!
「ロボットの「I」を何と訳す?」
ドイツ語翻訳を手がけるゲスト松永さん。作品から無意識に影響されることや、一文が長くなりやすい言語だからこその葛藤、原文の特徴を翻訳にどこまで出すのか、というお話に、言語が異なると工夫も異なるという気付きが。
そして気になる「第7回日本翻訳大賞」受賞作について、ゲスト西崎さんには、ユニークなキャラクター造形が作品の魅力の「マーダーボット・ダイアリー」(マーサ・ウェルズ/中原尚哉訳)について、例えば「I」を「弊機」と訳すことや、緊迫したシーンも「ですます」調を使うことの難しさなど、ロボットだけど不思議と人間味あるその性質が伝わるよう訳された中原さんによる翻訳の妙について。また、ゲスト松永さんがジャンル分けできない不思議な本と話す「失われたいくつかの物の目録」(ユーディット・シャランスキー、細井直子訳)については、章ごとに、書かれる対象も、書き方・文体もSF風・百科事典風のように異なる、他に例を見ない1冊を訳した翻訳家・細井さんの全力・誠実さなど、お二人のアツい解説に、読みたくなる…!と収録も盛り上がりました!
「言語と流通」
長井さんの中学生時代のエピソードから性別や年齢というキャラクターの属性による翻訳された時の口調や文体の在り方について、そして「日本翻訳大賞」の選考作品の傾向から考える翻訳の意義についてお話しいただきました!
ブラック・ライブズ・マター、フェミニズムなど社会状況に肉薄する選考作も増えているなか、作品に昇華するまでに1-2年かかるからこその影響力、普遍性というインターネットとは異なる文学の役割について再認識するのはもちろん、翻訳を通すことで言語の数だけ存在する文学・文化風習を知れるという魅力、翻訳の流通としての意義の大きさを実感する回となりました!
「市場と流通を見極めたクリエイティビティの活かし方」
最終回の今回は、ゲストのみなさんにお聞きしている”お金とクリエイティビティ”の共存について、設立からこれまでもインディーズとして継続する「日本翻訳大賞」と、いわばインディーズの活動をサポートし続けるMOTION GALLERY。そんな2つの視点をベースにトークは繰り広げられました!
出版不況と呼ばれて久しい現代では市場の規模や流通のレベルの見通しをつけたDIY出版に可能性があることを切り口に、自分の中にも翻訳・出版・音楽など複数の”足場”を持って全体でバランスを取っていくことが大切、というフリーランスとしての生き方の話に…!意外だけれども、一同納得の展開となりました。