見出し画像

米国大統領選挙に見る「ビジョン」と「道筋」

世論調査では互角の勝負となると言われた米国大統領選挙が終わり、結果は明らかなトランプ元大統領の勝利となった。まだ下院の開票が最終にはならないまでも、両院の過半数とも共和党が占める勢いだ。

この結果を理解する大きな文脈としては、ポピュリズムと保護主義の勢いは依然止まらず、経済や移民問題で不満が募る市民から既存政権が否定されるという欧州でも見られる傾向が表れたという解釈が妥当だろう。

一方で、ハリス副大統領とトランプ元大統領の選挙戦を振り返ると、政治であれビジネスであれ、どんな組織のリーダーにも必要な作業について学びを得られる:組織を導くビジョンを描き、どうやってそこに至るかの道筋を示すというタスクだ。

まず、2人の候補が掲げたビジョンを比べよう。ハリス副大統領はトランプ時代に後戻りはしないぞという決意を表明して“We are not going back”というスローガンを使った。「トランプ憎し」は伝わるが、後戻りしないのならばどこに行くのかという、より本質的な問いに答えていない。行き過ぎが批判されるリベラルな価値観だけでは、伝統的に民主党びいきだった労働者層や移民層も離れてしまう。

では、トランプ元大統領のビジョンはどうか? “Make America Great Again(MAGA)”がトレードマークで、こちらもはっきりとはしないが、聞き手の勝手な解釈により「あの良かった時代」を定義することを許す―古き良き50年代を想起する人もいれば、もう少し今に近い90年代くらいの人もいるかもしれない―ので、ややずるいが聞こえのいいビジョンとなっている。

総合すると、良しあしは別として、トランプ元大統領のほうが相対的に響くビジョンを打ち出したと言える。

ただし、その将来像へ至る道筋の明快さとしては、決してトランプ元大統領が勝るとは言えない。ハリス副大統領の道筋は、バイデン政権の継承であり、インフレーションを起こしたと批判される経済政策も含め、不評ではあってもサプライズはない。

一方で、トランプ元大統領の掲げる政策には、実は矛盾が多い―インフレーションを目の敵にする傍ら、高関税をトレードマークとする経済政策はインフレ誘起が心配される。米国内の製造業を守るためにドル安を志向するが、インフレーションが政策金利を押し上げ、ドル高になる可能性が高いと指摘される。このように、道筋については疑問符が付くのだが、有権者の多くはそこまで矛盾を追及することなく判断を下しているというのが妥当な解釈かもしれない。

このように不特定多数の有権者が投票する国政では、道筋よりもビジョンの明快さが勝敗を左右しそうだ。ビジネスの世界では、人心を鼓舞するようなビジョンだけでは足らず、どうやってそこへ至るかもきちんと示さなければ、社員はおろか投資家もついてこない。

米国は2度目のトランプ政権を迎えることとなり、日本はもちろん世界全体に及ぼされる影響は大きい。その深度はこれから測られることになるが、まず長かった米国大統領選挙を振り返り、ビジョンと道筋の大切さを考えさせられた。

いいなと思ったら応援しよう!