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中国の大学院受験ブームの恐ろしさ。若者の競争の激しさは高まる一方か

中国の社会問題「内巻」。経済発展著しく新しいものがどんどん生まれ若者が活躍しているキラキラした中国の裏の一面、中国の若者の進路や競争の厳しさをnoteで何度か紹介してきました。

今回はそれに関する最近の話題を。つい先日、今年の大学院入試の国家合格ラインが発表されたのですが、その合格ラインの異常さがネットで大きな話題となりました。

■より理解いただくために、まずは前提知識を

競争の厳しさを紹介する前に、予備知識として中国の大学院の一般入試のプロセスを簡単に紹介します。

中国の大学入試の場合は、まずはセンター試験(高考)を受けて、その点数が出るまでに予測した点数で何個かいけそうな大学に出願するというシンプルな形。それぞれの大学が募集人数に合わせて出願した人から合格者をピックアップし、最後に受かった人の点数がその大学の公表点数になります。つまり、試験参加→出願→合格ライン発表→入学 との手順になります。

しかし大学院の入試は異なります。大学院の場合、まずは希望の大学院の研究科や専攻に出願し、センター試験(一部のトップ学校と専攻では自主試験)に参加し、”国家合格ライン”が発表されます。

それぞれの大学が自分の合格ラインを発表、それぞれ研究科や専攻が自分の合格ラインを発表、総合点数とそれぞれの科目の最低点数の成績が順次突破すれば、「初試」という筆記試験に進み、突破できれば「復試」という面接試験に参加することができます。面接試験では教授先生たちから研究計画などについて色々聞かれ選考され、最後に合格者が発表されます。

そして第一希望が叶わなかった場合の制度も用意されています。上記の「復試」に参加できる人の比率は国の指導基準では1.2〜1.4。そこで落ちた人は「调剂」という調節手段で最初に出願していなかった学校への調節再出願が可能になります。この場合、「復試」を経て募集定員まで達していない大学院で国、学校、専攻の合格ラインを突破し、”調節に同意する“非出願者向けの面接試験がもう一回行われます。もしそこでも落ちた場合、「来年また頑張りましょう」になります。

つまり、希望専攻に出願→センター試験に参加→国家合格ラインに合格→希望大学の合格ラインに合格→希望専攻の合格ラインに合格→面接試験→(失敗の場合センター試験の点数がそれぞれのラインに合格した非出願校への面接試験)→入学 という非常にややこしいプロセスなのです。

■今年の大学院入試の競争の異常さ

報道によると、今年の大学院センター試験を応募した学生が前年比80万人増の457万人でした。募集枠は110万人前後になります。つまり300万以上の人が落ちることになります。

3月11日に中国教育部が今年の国家合格ラインを発表しました。これがあまりにも予想とかけ離れた数字で、受験者や関係者だけではなく、メディアからKOL、一般のネット民まで話題が広がりました。

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↑中国のSNS、Weiboでは14日13時までに、「#今年の院生試験はどんだけ難しいの」の閲覧数が4.8億を超え、「#院生入試300万人が落ちる」の閲覧数が6.1億を超え。「#何で今年の国家合格ラインがこんなに上がったの」の閲覧数が2.1億を超えました。

もっと具体的にいうと、筆記試験の紙面総点数が500点。今までだとそれぞれの合格ラインは専攻にもよるが300点台から350点台に集中していて、毎年±5点ほどが一般的でしたが、今年は農学や軍事などの専攻が例年並みなことを除いてほとんどの専攻が大幅に上昇しました。例えばAランク校の歴史学、芸術学が+15点、哲学、教育学、法学が+14点、経済学、文学、管理学が+12点、理学、工学、医学が+10点になります。

さらに、例年の合格ラインを対象に採点を控えめにする専攻もありました。特に、正解は決して一つってわけではない文系専攻では、出願した学生の中でのトップ成績も国家合格ラインに及ばなかったという事態となりびっくりです。

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↑武漢理工大学法学研究科入試成績1位が319点で、国家ラインが335点。山東師範大学教育学入試成績1位が347点で国家ラインが351点。

どっちもいい大学のいい専攻で、「調剤」に回されることが絶対にない大学なのに。。さすがにまさかの展開です。

思わぬ高点数でSNSでも焦りの気持ちがたくさん投稿されています。大学4年生だけでなく、1浪や2浪にして院生試験を受ける人も多いのですが、「変わったのが国家合格ライン、変わらないのは受験生の絶望な気持ち」と嘆く受験生もいました。

また、各ジャンルの有名人でこの「受け入れ難い合格ライン」をいじる人もよく見かけました。

・ジャーナリズム専攻の受験生
「マクルーハンが受験しても調剤の運命だ」
・中国文学の受験生
「魯迅が受験しても..留学の道しかない」「孔子が来ても1浪だな」
・芸術学の受験生
「これは張イーモウが受験しても受からないだろう」「自分が頑張れば自分の点数が上がる。みんな一緒に頑張れば国家合格ラインが上がる」

とツッコミ。現状の厳しさと絶望が感じられます。

ではなぜこんなことになったのでしょうか。

■今年の大学院入試がこんな事態になった原因は?

その理由はいくつか考えられます。

まずは教育規模の拡張です。いわゆる「内巻」による学歴のインフレです。

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↑2000年から2020年までの全国の受験者数の推移(Zhihuユーザーが公開資料によって作成したもの)

中国政府の公開資料によると、2017年に中国の院生出願者が初めて200万人を突破し、これはこの5年間で倍以上の成長でした。大学入学人口の成長に伴いもはや大卒はエリートではなくなってきています。よって、より上の学位を目指す人が増え、一部では大学院入試の大学入試化の議論もあるほどです。

そして、大学生の就職難も反映されています。就職できない or 思い通りの職位をなかなか見つからない場合、「もう少し自分に何かを身につけよう」と大学院に進学する人も多いです。中国教育オンライン大手が発表した「2022年全国大学院生募集調査レポート」によると、6割の受験生は「就職によるプレッシャーが大きいから進学によって就職での自分の競争力を向上したい」と思っているとのデータがあります。

また、企業の求人も変化しています。今までは大卒を募集していて大卒でも十分にこなせる職が、修士卒が条件に変わったケースも少なくありません。名門小学校や中学の教師職も有名大学の博士や海外の大学から帰国する高学歴の人が殺到しています。

こういった社会環境の中で、何かを研究しようと考え大学院に入るのではなく、社会的な「内巻」によって大学院入試が新たな受験戦争の戦場になっている。結局大学院の教育価値が下がる一方だと指摘する人も多いです。

ちょっと前のニュースで日本の大学院は定員をわっていて、改善案として授業料を免除する動きなどがあげられていました。

状況がだいぶ違いますのでなんともですが、ちょっと中国の現状との差がありすぎて正直唖然としてしまいました。どっちが学生にとって幸せで、国として望ましい形なのかは意見がわかれるでしょう。そして中国の競争の激しさは今後も高まっていきそうです。

この大学院競争は社会問題として議論が白熱しています。ビジネスに寄り過ぎた教育競争の過激さを抑止するために塾の禁止など思い切った改善策(日本からしたらあり得ないと批判されるような)が今後効果を発揮できるのか、大学院についても何か指導が入るのか注目しています。

(参考資料)


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