「合意」によるワークライフバランスの尊重という方法もある
こんにちは。弁護士の堀田陽平です。
今回は「転勤は本当に必要か」というテーマで募集がありますので、この点について、少し法的観点も交えて書いていきます。
転勤経験者による評価
独立行政法人経済産業研究所(RIETI)が転勤経験者等に行ったインターネット調査では転勤は「メリットが上回る」との回答が65.4%、「デメリットが上回る」との回答が34.6%であり、メリットが上回るという回答が多かったようです。
メリットとしては、
・「新たな人脈作りで役に立った」
・「職業能力全般が向上した」
・「他部署、部門、従業員との連携を強化できた」
・「転勤により多様で幅広い視点が養われた」
との回答が見られます。
他方で、デメリットとしては、
・「単身赴任などで家族との生活が犠牲になった」
・「転勤に伴い金銭的負担・手続きなどのコスト・煩雑さが大きかった」
・「職場環境が変わり仕事内容、役割、人間関係になれることが難しく適応に問題が生じた」
・「家族の生活環境が大きく変わり、適応や負担の問題が生じた」
との回答が見られます。
転勤は全く不要にはならない
こうしてみると、転勤経験者は、メリットを大きく感じているようです。
(ジョブ型雇用とまでいうかはともかく)勤務地限定正社員の有用性に注目も集まる中でも、やはり企業にとっては、当該企業の中核となっていく人材に対して、転勤経験をさせ広い経験、広い人脈形成を行わせることには重要な意味があると思われます。
メンバーシップ型雇用には弊害もあり、全員がそうあるべきではないにせよ、企業の中核的な人材に対しては、やはりメンバーシップ型で企業特殊的スキルを身に着けることは必要となろうと思います。
「別にテレワークがあるのだから、関係ないのでは?」との声もありますが、上記の目的の限度では、やはりリモートではなくリアルな転勤は必要のように思います(他方で、知見の共有といった目的あれば、リモートでも代替が可能ともいえそうです。)。
したがって、私見としては「転勤は必要か」といわれると、やはり必要であると思います。
ワークライフバランスへの配慮は法的にも要請される
さて、ここから法律の話になりますが、職務・勤務地に限定のない一般的な正社員であれば、企業は広い人事権を有していることから、転勤も「権利の濫用」とならない限りは、有効ということになります。
最高裁によれば、権利の濫用となるのは、業務上の必要性がない場合、不当な動機・目的等がある場合や、「労働者に対し通常甘受しがたい不利益」が生じる場合とされています。
問題となるのは、最後の不利益の点ですが、裁判例では、単に転勤になり単身赴任となることだけでは、これを権利の濫用とはしておらず、病気の通院や育児・介護の事情がある場合等、+αの事情がある場合に、権利濫用とする傾向にあります。
もっとも、育児介護休業法や、労働契約法において、ワークライフバランスへの配慮等が定められており、実際、これに基づいてワークライフバランスへの「配慮」を求める裁判例が見られてきています。
したがって、ワークライフバランスへの配慮は、単にマネジメント的観点だけでなく法的にも求められるようになっています。
労使間での合意を得ることが最大の配慮では
「転勤が必要か」と聞かれれば、「必要な場合もある」というのが回答になるかと思いますが、他方で、上記デメリットの回答をみれば「ワークライフバランスの尊重」も必要だというのが、私見になります。
ただ、上記のとおり、ワークライフバランスへの配慮を求める裁判例が出ているとはいえ、基本的には、転勤は企業に広い権限があり、権利の濫用となるのは例外的です。
しかも、あくまで「配慮」であって、「転勤させるな」とまで言っているわけでもありません。
なぜなら、あくまで契約上は、「職務・勤務地無限定」であるからです。従業員側にシビアな見方をすると、職務・勤務地無限定契約の「合意」(つまり、従業員側もそれを分かっている“はず”)なのに、企業の転勤命令権を制限することは基本的にはできないというわけです。
そう考えると、ワークライフバランスを尊重するには、労使間で、転勤に関する定めを対等な立場で「合意」をするという方法による方が、「権利の濫用」という例外的な方法によるよりも、より直接的な尊重の方法のように思います。