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ロールモデルでない上司からの言葉。

コンサルティングを始めてから10年くらい過ぎた頃だったと思う。既に、受注したプロジェクトのマネジメントだけではなく、プロジェクトを提案して受注することもできるようになっていた。つまり、コンサルティング業界で生きていくための「ある程度の自信」をつけることができてきた頃だった。別に何かプロジェクトの話をしたい訳でもなかったのだが、少し手の空いたタイミングで何気なく当時の上司のオフィスに足を運んだ。

切れ味とか戦闘力とかを重視していた自分は、正直、この上司をロールモデルとは思っていなかった。ただ、何か包容力のようなものだけを感じていたと思う。部屋に入ると、怪訝な顔をすることもなく、迎い入れてくれたのを覚えている。すぐに、いわゆる「最近どうだ?」的な話が始まったわけなのだが、いつのまにか美味しいご飯の話にいったり、趣味の話にいったり、取り止めのない状態が続いた。その後、なぜか突然プロジェクトマネジメントでの悩みを打ち明ける自分がいた。

話のきっかけは、「言いたいことが、なかなか伝わらないんですよね」という一言だったと思う。当時、チームメンバーとタスクを進めていく際、どうしても意図しているゴールが伝わらず、手戻りが起きて、メンバーとの関係がギクシャクすることがそれなりの頻度で発生していた。恐らく、その上司からは答えを期待していなかったと思う。誰でもよかったのだが、ただ悩みを言いたかったのだと思う。

でも、上司は笑顔で「そうなんだ」と言いながら、メモ用紙を取り出して、なにやら書き始めた。1-2分の沈黙の後、そのメモを渡してくれた。そこには5つの言葉が書いてあった。一言一句同じではないが、「言った(声を発した)」→「伝えた(相手が聞き取った)」→「(内容が)伝わった」→「動いた(何かしらの行動をした)」→「期待通りに動いた」の5つだった。その上司は括弧内の意味合いをゆったりとした口調で補足してくれたのだった。

ハッとした。いわゆる雷に打たれ、全身に電流が流れた感じだ。要は、自分のやっていることは、伝わるわけもない、期待通りに動くわけもない状態だったのだと気付かされたのだ。自分は、この上司のように包容力がなく、相手の聞く準備の有無など気にせずに、自分のペースでただ言いたいことを言っただけだったのだ。笑うしかない状態だった。

現金なもので、気づきを得た自分は、「ありがとうございます!」とすぐに部屋を飛び出て、次のチームミーティングまでの1時間くらい、頭を巡らせたのを覚えている。そこから試行錯誤が始まった。私が伝えたと思ったことを相手自身の言葉で言い直してもらう。伝わらなかったら背景や判断に使った情報を合わせて伝える。場合によっては伝えたいことより手前にひとつステップを設けてみる。余裕のある時など伝わりやすいタイミングを見計らう。色々試した。

人は考えるとき、多数のファクトを組み立てて論理的に結論を見出す。当たり前だが、取り上げたファクトの組み合わせが異なれば、結論も異なる。そんなことも意識しながら、共通認識を作る努力を続けた。メンバーそれぞれの持つ視野の広がり、ファクトの広がりも意識したと思う。お陰様で、考える事が飛躍的に多くなったが、それはそれで鍛錬になったと感じている。

因みに、その上司からもらったメモはその後コンサルティングを辞めるまで、机に座ると見えるキャビネットに貼ってあった。何度も見直したのを覚えている。そして、いまもこの鍛錬は続けている。いくら鍛えてもこれはうまくいったと思えることはほぼない。仕事をする相手も内容もどんどん変わる。よって、できるとは思わず、やり続けようという感じだ。

「なぜ今現在の自分があるのかを振り返る作業は、これまでの50年以上の半生をじっくりと熟成させる試み」と話すプロトレイルランナーの記事を見つけた。まだ気力も体力もあるが、この記事を読んで、少しずつお礼の旅を始めてみたくなった。

先ほどの上司は、いまでもロールモデルではない。でも、ある意味人生の恩人だと感じている。そういえば、あれ以来お礼も言えていない。今度、美味しいご飯にお付き合い頂くべく、誘ってみようと思う。

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