ライドシェアをめぐる2つの懸念~地方も海外も知らない人たちが議論していないか~
ここに来てにわかに日本国内でライドシェアを巡る議論が活発になってきた。 岸田首相がライドシェアの導入に対して前向きな発言をしており、これを巡って様々な議論が(ようやくと言って良いかもしれないが)日本でも起きつつある。
私自身は2013年に英国発のライセンス(正規)タクシーの配車サービスHailo(現在のFreenowの前身)の日本法人の COO を務めた経緯がある。このため、少なくても当時の日本のタクシー業界の状況についてはある程度知っている立場である。こうした経験も踏まえて、昨今のライドシェアをめぐる報道を見ていて、私なりに感じる疑問点・懸念を2つ示しておきたい。
1つは、今のタクシーの運行の効率化が十分になされているのかということ、 そして2つ目は地方の課題を捕捉すること、そして世界の趨勢を理解することに、東京が大きく遅れているのではないかという懸念だ。
今のタクシーは十分に効率的に運行されているのだろうか
まず1つ目の今のタクシーの運行の効率化について。タクシーが足りないということがライドシェア議論が起きている理由のようだが、現状タクシーの実車率がどの程度であるかということについて、各種報道を見ていてもデータが見当たらないように思う。2013年当時であれば、都市や会社によってもばらつきはあっただろうが、まだほとんどアプリによる配車がない当時の時点での東京での実車率、つまりは有料でお客様を乗せて走っている距離の割合がタクシーの走行距離の半分程度であったと記憶している。
その後、各社が独自に配車アプリを開発しており、特にコロナ以降はその利用率が上がっているという話も聞くが、現状のタクシーの実車率はどの程度で、そのデータに基づいたライドシェア解禁の議論なのであろうか。例えば 実車率が70~80%と非常に高い割合であるのであれば、すでにタクシー運行の効率化によってさらに多くのお客様を乗せることは限界であるので、ライドシェアの議論に進むということは合理性のある判断であると思う。
しかし現状では、日本のタクシー配車アプリは、いずれも自社ないし自社グループの車両に限って呼ぶことができるものであって、ある地域を走るタクシー 全体に対して配車をかける仕組みになっていない。これは、あるアプリが対象とする車両が全て実車であったとしても、他社の近隣を走る車両の中に空車がある可能性は残されているのではないか。この実態を把握する手掛かりになるのが実車率のデータになる。
もしまだ実車率の低い会社があり、効率的な運行が十分に達成されていない現状があるのだとすれば、まずはタクシー業界が会社の垣根を越えて協力し、地域のタクシー全体の運行の効率化を進めるところから始めるのが筋なのではないだろうか。またそういった現状について十分な説明を、タクシー業界や国土交通省がするべき責任がある。ライドシェアの議論はそれから、というのが筋だろう。
もともとHailoというサービスが目指していたのは、まさに道端で手を挙げる感覚でアプリ上で手を挙げることによって、一番最寄りのタクシーが、タクシー会社や系列にかかわらずに配車されることを目指していた。これはエネルギー利用の効率化や道路混雑の緩和、ドライバーの生産性向上=賃金アップなどに寄与するものだ。
これが、一部は当時のUberのようなライドシェアとの混同もあったのだろうが、自社の縄張りを強く(未だに強く)意識しているタクシー業界から大きな反発を受け、東京での導入を断念し、大阪の理解あるタクシー事業者の方々とサービスをスタートさせたのが 2013年であった。
一足飛びにライドシェア の話に行く前に、こうした タクシー運行の効率化の議論をするべきではないか、そのために、単に異を唱えるのではなく、実車率を含めたデータをタクシー業界として提示するべきではないか、ということが一つである。
地方と世界の現実から東京は取り残されていないか
そしてもう1つ、Uber に代表される、世界で使われているいわゆる配車アプリは、現状では多くの都市で(日本では 白タクと呼ばれてきた)ライドシェアと 公式な認可を受けているタクシーの両方を選んで配車できるようになっているのが現状なのだが、そこを踏まえて議論されているのだろうか。
今のUberやFreenowなどは、世界の主な大都市では、ユーザーがライドシェアとタクシーをその時に応じて自由に使い分けることができる。 こうしたことも昨今の議論の前提になっているのかということが各種報道でははっきりしない。
すでに諸外国では、この10年の議論や試行錯誤を経てタクシーとライドシェアは一定の共存が図られる形になっており、アプリ上でもそれが実現している。冒頭の写真は台北の正規のタクシーだが、屋根の上の行灯はUberになっており、ドライバーに聞くと配車はUberのみ受け、あとは道で手を挙げている人を乗せていて、それで商売はまわっている、ということだった。かつては台北では行き先を漢字で書いて渡していたが、Uber配車の場合はアプリで行き先を指定できるのでそれが不要であり、また一般にライドシェアよりタクシーの料金が若干安いのだが、それを割り切っているドライバーがUberを使っているためか、通常でも台北のタクシーで不快な思いをすることは少ないのだが、Uberを使ったタクシー乗車はさらに快適であった。台北でも、一時Uberが禁止されるなど時間をかけて議論と試行錯誤を重ねた結果として今がある。
こうした状況まで踏まえて日本のライドシェア解禁検討という話になっているのか、あるいは10年前とさほど変わらぬ認識のままにライドシェアの議論をしているのか、といったことも懸念されるところだ。
さらに、世界の趨勢だけでなく、地方の課題を把握するのに東京が非常に遅れているのではないかという懸念がある。先ほど書いたHailoを導入するにあたり、大阪のタクシー事業者のトップ層と話を進めている中で、すでに2013年の段階で個人タクシー営業権の譲渡・譲受の問題、つまりはいわゆる事業承継の問題が大きな課題になっていたし、法人タクシーの場合でも、車両はあるが運転手がおらず車庫で動かないままになっているタクシーが多く見受けられるという状態であった。こうした課題意識から、当時の大阪のタクシー事業者はHailoの採用に対して慎重ながらも 前向きな判断をし、いくつかの会社・組合が採用してサービスを開始したという経緯がある。
つまり、少なくても大阪のタクシー業界では10年前にタクシー運転手の不足 やタクシー台数の不足が業界トップには課題として認識されており、そうした認識がタクシー配車アプリの導入を決断させた、という意味では残念ながら東京は10年遅れであると言わざるを得ないだろう。当時、ある大阪のタクシー業界トップの一人がいみじくも、
と語ったことを鮮明に覚えている。
東京は今年初めて人口減を喫したとはいえまだまだ人口減や人手不足の実感が(少)ない場所である。こうしたところで日々生活し、そこで政策立案をしている官僚や政治家に、果たしてどの程度地方での人口減・人手不足の状況が実感として認識・共有されているのだろうか、という疑問を、今回のライドシェアを巡る報道で改めて思わされる。
また、上に紹介したように現状のUber等はすでにライドシェアアプリの域を超えており、各国各都市のタクシー業界や行政と摩擦を起こし議論を経ながら今の状況にあるということも、どのくらいの人が認識した上でこの議論を行っているのだろうか、という点も心配だ。
地方が抱える課題については、何もライドシェアだけではなく様々な面があるが、それを東京で判断し意思決定をすることによって、地方の実情から大幅に遅れた、あるいは世界の他国の教訓を活かせない対応策しか打てないとなるなら、今後、日本の社会課題をどのように解決していくかを考える上では非常に深刻な状況にあると思わざるを得ない。
この記事が指摘する通り、
というのはその通りだ。
私がHailoでの日本市場参入に関わってから10年が経つ。同時期にUberも日本に上陸しようとしていたわけだが、この10年、東京のタクシー業界や国土交通省は何をしていたのか。単に上陸を阻止してよし、として終わって、昭和の時代と変わらぬ会社同士の縄張り争いに腐心していたのだろうか。過ぎてしまったことについては今さら取り返しがつかないが、同じ轍を他の社会課題について日本が踏むことのないようにしたいと思う。残されている時間は、もうほとんどない。