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ビジネスに活かされる「SFの想像力」とはどのようなものか

 21世紀に入って20年が過ぎ、テクノロジーが加速している感覚があります。実用的なAI、ロボット、ドローン、自動運転。さらにはiPS細胞やmRNAワクチン。かつては夢物語でしかなかったテクノロジーが次々に実用化されていくのは、見事としか言いようがありません。

「19世紀最後の20年」が再びやってきている

 急速な技術の発展というと、19世紀の最後の20年間が有名。第2次産業革命の時代とも呼ばれていますが、電気や内燃機関、上水道、電話、映画、録音技術など、現在のわたしたちの生活を支える大半のテクノロジーはこの時期に原型ができあがりました。2020年代はこのころに匹敵するようになるかもしれません。いま登場している新しいテクノロジーは、これからの時代を支えるGPT(汎用目的技術)になっていくのでしょう。

 しかしテクノロジーの進化が、何を社会にもたらし、どのような方向に社会を変えていくのかを予想するのは容易ではありません。そこでいま注目を集めているのが、上記の記事にあるようなSFの想像力を活かそうという新しいビジネス。SF作家が未来を想像し、そのビジョンから逆算してこれからの事業計画を立てる参考にしようというものです。

 アメリカでは100人ものSF作家が所属するサイフューチャーズというコンサルティング会社が設立されています。同社のCEOは、記事でこうコメントしています。

「顧客企業は『未来のリハーサル』をすることで、革新的なイノベーションと企業文化の変化を取り入れ、他社との競争で優位に立てる」

テクノロジーは直線的に進化するのではない

 未来はどこまで予測可能なのでしょうか。未来予測というと「自動車が進化して、空を飛ぶ」「AIが進化して、自意識を持つ」「ウェアラブルデバイスが進化して、外科手術による身体への埋め込みになる」といった、現在のテクノロジー製品の延長線をイメージする人は多いでしょう。しかし実際に起きるイノベーションは、このような直線的なテクノロジー進化ではなく、もっと突破的な爆発として起きます。

 一例を挙げましょう。20世紀なかばのSF映画を見ると、携帯電話やテレビ電話という未来のテクノロジーが出てきます。1970年代の『スタートレック』には腕時計型の無線機が登場し、これは現在のApple Watchなどのスマートウォッチで実現していますね。また1980年代の映画『ブレードランナー』には、ハリソン・フォード演じるデッカード刑事がテレビ電話で会話するシーンが出てきます。これももはやSkypeやZoomなどで実用化済み。

 しかしこれらの作品でイメージされていなかったものがあります。それは何かと言えば、SNS。一対一のコミュニケーションではなく、不特定多数の多対多によるコミュニケーションが普及するというのは、インターネットが登場する1990年代以前にはほとんどイメージされていなかったのです(ただし正確に言えば、ネットが普及する直前にダイヤルQ2のパーティーラインという音声電話で多人数が会話できる有料サービスが流行ったことがありました)。

 そもそも不特定多数が集まり、それぞれがアカウントを持って相互に会話するという構図自体が、現実社会には皆無でした。想像できなかったのは当然でしょう。

クラウドとストリーミングは誰も予想していなかった

 クラウドコンピューティングやそれを使った音楽ストリーミングも、予測されていなかったテクノロジーのひとつです。昔のSF映画を見ると、レコードやCDが進化したイメージでいまのSDカードのような小さなチップをオーディオ機器に挿入して音楽を聴く、というような映像が出てくることがあります。媒体が進化すればどんどん小さく薄くなっていくだろうという予測だったのでしょう。手もとのオーディオ機器とはるか遠くのデータセンターがワイヤレスでやり取りして音楽データを送受信する、というストリーミングは想像の向こう側だったのです。

 19世紀に内燃機関で走る自動車が登場したころ、自動車は馬車の進化形だと考えられていました。「馬力」という単位がはそのなごりというのは有名な話です。自動車の出現によって馬車は速くなり、航続距離も長くなり、餌をやったり糞の始末をする必要もなく、メンテナンスもたいへん楽になる。そういう直線的な未来イメージで捉えられていました。

自動車は馬車の延長からさらに進み、ライフスタイルを変えた

 しかし自動車は単なる馬車の延長線にとどまらず、都市近郊に住んで自動車通勤という新しいライフスタイルを生み出します。いま日本の地方には、イオンやしまむら、マクドナルドなどが立ち並ぶロードサイドが当たり前のように広がっています。東京のような大都市が発展して摩天楼だらけになるという未来図は明治の昔から描かれていましたが、地方都市がロードサイド化して低層の大規模店が国道沿いに展開するという風景はまったく予想外だったのではないでしょうか。

 自動車は高速道路という新しいインフラを生み、サービスエリアという新ビジネスを生じ、さらにはETCのような副次的なテクノロジーにもつながっていきます。これらも「馬車の進化した自動車」の時代には予想もつかなかったでしょう。

 つまりテクノロジーの進化というのは、単にひとつのデバイスが進化して高性能になるだけではない。わたしたちの社会や生活の考え方そのものがガラリと変化してしまうのです。そこまで踏み込んで予測していかないと、リアルな未来をイメージすることはできないでしょう。その意味においても、これは天才的なSF作家にのみに許された高度な能力なのだと思います。


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