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「デザインモード」の時代を生きる

社会の価値軸が左右上下に揺れが激しいだけでなく、その軸を自ら動かしていかないと八方塞がりの状況が多くなってきた現在、ソーシャルイノベーションを傍観しているだけではなく、その議論に積極的に参加しないとビジネスの壁も超えづらくなってきました。

ソーシャルイノベーションという言葉に1つの定義はないですが、英国のヤング財団では「社会的ニーズを満たし、同時に新たな社会的関係やコラボレーションを創造する新しいアイデアである。それは社会にとって価値を生み、社会の活動能力を高めるイノベーションである」としています。

活動家とビジネスパーソンでは違った思惑でこの言葉を使っている可能性が高いですが、どちらにしてもソーシャルイノベーションの起こし方は、普通の民間企業で仕事をしている人たちも知るべき素養となってきました。

意味形成+非デザインエキスパートの領域が手薄

この価値が流動的な状況をエツィオ・マンズィーニは「デザインモード」と称し、価値軸が安定的な「慣習モード」と対比させています。マンズィーニはミラノ工科大学で長く教壇に立ってきた、ソーシャルイノベーションやサービスデザインの世界での第一人者です。2015年の著書”Design, When Everybody Designs:An Introduction to Design for Social Innovation”(『デザインせよ、誰もがデザインするとき:ソーシャルイノベーションのためのデザインの手引き』)に以下のチャートがあります。

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(Ezio Manzini ”Design, When Everybody Design”より作成)

上のチャートは次のように説明できます。左象限(2と3)は問題解決のフィールドです。上はテクノロジーやビジネスの世界でエキスパートの担当、下は地域の具体的な問題解決に取り組むなど、デザインとは縁遠い人たちがカバーするテーマになっています。デザインといえば、この10数年は、左象限を思い浮かべる人が多いはずです。例えば、「アートは問題提起であり、デザインは問題解決」との表現を想起して、そう思うでしょう。 

一方、右象限(1と4)は意味形成(sense making)のフィールドです。この十数年間、ITの普及やプラグマティズム尊重の機運から「ビジネスとは問題解決である」との流れが強かったので、この右象限は若干「忘れられた存在」でした。前述したようにアートや文化活動という、ビジネスとはやや距離のある世界であるとの認識が強かったはずです。

しかし、冒頭で述べたように価値軸が揺れ動き、荒波に翻弄される小舟のような局面におかれたとき、進む方向を決めることが最優先になってきます。だが、あまりに左象限にエネルギーを注いできたので、右象限の「生き方」を見失ったのが今です。

そこで、この右象限の上(1)に焦点をあてた1人が、マンズィーニと同僚であり、長きに渡って思想のパートナーであるミラノ工科大学経営工学でイノベーションやリーダーシップを研究する、ロベルト・ベルガンティです。彼は『デザイン・ドリブン・イノベーション』(クロスメディア)『突破するデザイン』(日経BP)において、テクノロジーオリエンテッドでもない、問題解決でもないテーマに真っ向から取り組んでいます。

ベルガンティは「意味のイノベーション」との言葉で、この右象限の1の領域で商品開発者や市場の人々が「意味がある」と感じられるビジネスのつくり方を説いています。

一方、もう1つ注目しなければいけないのが、ソーシャルイノベーションが重視される時代における、非デザインエキスパートの活躍の仕方です。上半分の象限が問題解決にせよ意味形成にせよ、デザインのエキスパートの手に委ねられることが多いのに対して、下半分の象限(3と4)はデザインについての素養をもってこなかった人たちが、デザインというアプローチをつかってソーシャルイノベーションに関与することになります。ある都市でスタートアップ文化を作ろうというのは4にあたります。この種のプロジェクトの遂行にデザインが有効に働くのですが、今までこのようなプロジェクトに関わる人は、デザインとは無縁でした。

よって特に4の領域への取り組みが今後の大きなテーマになります。

もちろんデザインのアプローチを知らなくても、ソーシャルイノベーションはおこせます。例えば、イタリアのスローフードや乳幼児を対象にしたレッジョ・エミリア教育は、世界に大きなインパクトを与えている成功しているソーシャルイノベーションですが、彼らは特にデザインを意識していません。 

その理由として、これらの活動のスタート時点でソーシャルイノベーションという言葉やデザインの社会への戦略的適応が普及していなかったということもありますが(スローフードは1980年代後半、レッジョエミリア教育は1960年代にスタート)、デザインを使えば、より短い期間にインパクトのあるイノベーションがおこせる可能性もあります。

そうしたとき、デザインとは何か?を考えたこともない人たちに対して、デザインの言語、いってみればデザイン文化をどう定着させていくか。これが、マンズィーニの本の主眼になっており、この分野に関わる多くの人たちの関心事にもなっています。



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