北海道系統崩壊について その4 なぜ今「計画停電」が議論されるのか

一旦ほとんどの停電が解消したというのになぜまた停電なのかと思っておられる方もいるかもしれませんので、コメントしたいと思います。

電気は「同時同量」(貯められないので、必要とされるときに必要な量を作れる発電設備を持っておく)が必須です。これまでも言い続けてきたのですが、こういう時でないと皆さん関心もってくれないので、繰り返し言います。「同時同量」です。1日の中で、あるいは1年の中で、あるいは数年間に一度であってもそのタイミングで必要とされる「最大電力需要」を賄える設備を持っておくことが必要です(注:発電能力が足りない時には、需要を減らす、すなわち、計画停電をするとか、特定の契約をしている工場など大口のお客さんに対する送電を停止するとかの手段もあります)。

しかし需要を抑えるというのはやはり国民生活・経済に与える影響が大きいので、避けたい手段であることは間違いありません。特に震災からの復興に安定的な電力は必須。とはいっても、全体のバランスを失って系統崩壊につながったりするよりはずっとダメージが少ないので、海外などではもっと躊躇なく実施されています。(海外では「輪番停電」と言うほうが一般的)

節電要請で乗り切れれば良いのですが、「皆さんのご協力」頼みでは、どうなるかわかりません。そもそも皆さん、今の瞬間どれだけ電気を使っているかって意識しませんよね?今回の節電の理由は発電設備不足ですので、例えば夜のライトアップを消して・・なんていうことでは意味がないのです。日中皆さんが大量の電気を使うタイミングをいかに抑えるか(動かせる発電設備の量以内に収めるか)なのです。(「節電要請」の理由には、例えばオイルショックの時のように「燃料が足りない」と言う場合と、東日本大震災の東京電力や今回のように「発電設備が足りない」という場合と2つあり。前者はkWhの節約であり、夜のライトアップ消灯なども有効。今回はkWの節約をしないといけないのでより難しい)。

なお、北海道に大量に導入されている再エネはどうなの?という声も聞こえてきます。確かに北海道は土地が広大で安価。なので、太陽光はもちろん、風況が良いこともあって(風が強いのは主に冬ですが)、風力も多いです。ただ、天候次第でどれくらい発電してくれるかわかりません。発電能力としてカウントすることは、難しいのです。

東日本大震災の時に、東京電力が計画停電に踏み切ったことでものすごい批判がありました。その中でもよく聞かれたのが、「自由化して、電力需給がひっ迫するタイミングでは電気料金が上がるような仕組みを導入しておけば、計画停電をせずとも乗り切れたはず」論。こうした考え方が、その後の自由化、発送電分離の議論につながっていくわけですが、そもそも当時東京電力は原子力だけではなく太平洋側の火力発電所も含めて、発電能力の約三分の一を失いました。1/3の能力を失っても供給できるとすれば、普段どれだけ余剰設備を抱え込んでいたの、というレベルなので、当然そのままでは供給を維持できませんでした。そこで前述した「電力需給がひっ迫するときに価格が上がるという市場メカニズムが入っていれば、需要が減るので需給バランスとれただろう」という論が主張されたのですが、それも暴論。どこまで価格をあげれば需給バランスがとれたかどうかの検証はできていませんし、あの震災後の余震が続く中で「高くて使えない」という切ない思いをするよりは、順番に予定された時間停電したほうが精神的にはマシだったろうと思います。

もちろん普段の省エネのためにこうした制度があっても然るべきですが、それが無かったことを非常事態を乗り切れなかったことへの批判材料にするというのは絶対に筋が違った。でもメディアも政府もその議論を整理することはできず、結局必要な議論を十分に重ねないまま電力システム改革が進みました。しておくべきだった必要な議論については、国際環境経済研究所の電力改革研究会の方でまとめられていますので、こちらをご参照ください。

こういう議論を平時にやっておくことこそが、リスクを回避することにつながるわけです。リスクが顕在化した今やることではないのですが、次なるリスクに備えることが、外野にいる我々のできることだと思っています。

http://ieei.or.jp/?s=電力改革研究会&x=13&y=4

https://newspicks.com/news/3303626?ref=search&ref_q=節電&ref_t=top

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