見出し画像

データを無批判に紹介してはいけない。例えば「IMD世界人材ランキング」の場合

【パリ=北松円香】スイスのビジネススクールIMDは21日、2023年の世界人材ランキングを発表した。日本は前年より2つ順位が下がって43位と2005年の調査開始以来最低だった。語学力や上級の管理職の国際経験に対する評価が低く、順位を押し下げた。国内総生産(GDP)比でみた教育投資の少なさなども響いた。

9月21日の朝、日本中を駆け巡った「IMD世界人材ランキング 日本は過去最低43位」という報道をめぐって、SNS上で「だから日本は駄目なんだ」的な論調が繰り広げられました。

ただ、筆者は「ランキング」と名前のついた記事には条件反射で「恣意的な操作が行われている、企業に都合の良いリスト」と構える癖があり、今回も直感的に「怪しい」と感じ、調べることにしました。

案の定、多くのツッコミ点のあるランキングだと分かりました。冒頭に結論を記載します。

==========================
結論①
「Health infrastructure」「Cost-of-living index」「Exposure to particle pollution」など、人材開発&採用に関係無さそうな指標(なんでそれ?って指標)が含まれている。
結論②
調査票は非公開で、第三者がやっても同じ結果にならない。指摘を受けた側も対策のしようが無い。もっと言えば、公開された数値をどうやってINDEX化したのか非公開で、同じ結果に辿り着けない。ずっちーなあ。
==========================

同じような内容を日本国内企業が発表していたら「「人気No.1」にダマされないための本」を刊行した日経BPの小林直樹記者から指摘を受けたでしょう。知らんけど。少なくとも、無批判に報道して良いランキングでは無いと筆者は考えます。

そもそも「世界人材ランキング」とは?

IMD(International Institute for Management Development=国際経営開発研究所)は、スイス・ローザンヌにあるビジネススクールです。幹部育成に特化したカリキュラムで知られています(WEBサイトを熟読して知った)。

そのIMDが年に1回発表しているのがWorld Talent Ranking(世界人材ランキング)です。

余談ですが、「世界競争力年鑑」を発表しているのもIMDです。2019年5月31日に麻生太郎財務大臣(当時)が「実際に日本の国際競争力というのは落ちているのかというご認識があるか」と問われて「これはいろいろなものがありますからね、こっちのランキングを、ボツワナより下に下げる格付け会社もあれば、そうでもないという会社もあるのと同じように、例えば昨年10月の世界経済フォーラムで発表した国際競争力の報告書では日本は前年から4つ順位を上げて5位になっていますから、いろいろなものがありますので、たまたまそれがそうだったからといって、だからといって日本が極端に低いというようなことを考えたことはありません」と答えています。

麻生副総理兼財務大臣兼内閣府特命担当大臣閣議後記者会見より引用

このランキングは64カ国・地域を対象に、自国人材に対する投資育成の手厚さ(Investment and development)、国内外の人材をひき付けられる国としての魅力(Appeal)、自国人材の能力の高さ(Readiness)の3点を評価して、順位を付けています。

つまり、多元的な尺度に基づきランキングを作成しているのです。一意の絶対的な評価軸があるわけではありません。

具体的には、14件の統計データ、世界の企業幹部4000人へのアンケート調査をもとにした17件の調査データを合算しています。詳細は以下の通りです。

「世界人材ランキング2023」から引用(URLはこちら

批判①その「指標」で良いのか?

多元的な尺度に基づきランキングを作成する場合、「なんでこれが入っているの?」「なんでこれが入っていないの?」という反論は付き物です。したがって「反論に耐えうる論理性」は欠かせません。しかし、3回読んだのですが「反論を想定していないドキュメントだな」と思いました。

例えば、「Investment and development」として「Health infrastructure」が含まれている理由が分かりません。テキストには「this factor takes into account the quality of the health infrastructure in terms of meeting the health needs of society.」と記載あるのですが、だったらより上位概念の「social infrastructure」でも良くない?と思うのです。そもそも、それがなぜ人材を引き付ける魅力に関係するのか…?

加えて、この「Health infrastructure」は統計データではなく、4000人を対象とした調査データを用いています。本来なら、OECD(経済協力開発機構)が毎年公表している「Health Statistics」を使った方が公平でしょう。このことから、健康インフラに限らず、様々な指標は「世界の大企業幹部(意地の悪い表現をすると「桁違いの金持ち」達)から見てどうか」が重要だとIMDは思っているのだな、と分かります。

すなわち、世界の大企業幹部から見た「国別の人材育成土壌」の評価であって、市井の目線は関係無いんです。その意味では「世界」なんですが、受け手がそうとは認識していないのではないかと推察します。

他にも、主要都市の商品・サービスの指数(ニューヨーク市 = 100)を意味する「Cost-of-living index」や、PM2.5への曝露量を意味する「Exposure to particle pollution」など、なぜそれが国内外の人材をひき付けられる国としての魅力(Appeal)となるのかが謎な指標が含まれています。


批判②その「ランキング」に再現性はあるか?

ランキングを作成する際、数値作りにやたらと厳しい有識者が突っ込むのは「再現性」です。第三者が同じように作ろうとして、同じ結果が担保されるのかは重要です。

担保されない限り、それは統計(statistics)ではなく、ただのRankingです。アド街ック天国とか、カウントダウンTVのTHIS WEEK TOP100もRanking。

ちなみに「世界の企業幹部4000人へのアンケート調査をもとにした17件の調査データ」を使った「世界人材ランキング」もそれらと同程度だと筆者は考えます。なぜなら、調査票すら公開されていないのです。どのような質問だったのか不明のままで「Foreign highly skilled personnel」が日本は低いと指摘されても、対応しようがありません。

加えて、31個の指標をどうやって「Investment and development」「Appeal」「Readiness」に再構築し、Index化しているか分かりません。

例えば「Investment and development」であれば、ルクセンブルグが2位ですが、なぜベルギーが8位なのかが分かりません。両者を見比べても、ベルギーの方が数値良さそうに見えますが…。

2位だったルクセンブルグの結果(WEBサイトより引用)
8位だったベルギーの結果(WEBサイトより引用)

ちなみに、8個の指標でそれぞれランキングを作成し、順位の合算値を求めると1位はデンマークでした。IMDの「Investment and development」では4位なのですが。

「Investment and development」指標別ランキング

たぶん、独自の重み付けがされた計算式があるのだと推察します。それが公開されてない限り、「信頼できる」とは言えないと筆者は考えます。

余談ですが、WEBサイト上では「Total public expenditure on education」(教育に対する公的支出)は南アフリカが2位なのですが、64か国全て見比べると「1位」でした。マジでよう分からん…。

IMDがその「権威」をもって「世界人材ランキングを作った」と言うなら、筆者は「愚者」として「王様は裸であられる」と指摘します。


賛同①教育の重要性が明確になった

批判ばかりしてきましたが、さすがだな…と感じた点もありました。

指標として「Educational assessment - PISA」と「Pupil-teacher ratio (secondary education)」「Pupil-teacher ratio (secondary education)」(1教師当たりの生徒数(初等教育と中等教育))が含まれており、手元で計算するとそれぞれ中くらいの負の相関関係にありました。第3の変数も当然あるでしょうし、因果関係までは不明ですが、教師に対する投資は重要そうだと分かります。(ただしシンプソンのパラドックスかもしれませんが)

シンプソンのパラドックスとは?
母集団での相関と、母集団を分割した集団での相関は、異なっている場合がある。つまり集団を2つに分けた場合にある仮説が成立しても、集団全体では正反対の仮説が成立することがある。

ちなみに赤は日本です。縦がPISAです。

他にも、HCM International Ltd調べによる「Remuneration of management」(経営者の報酬(US$)は年間の基本給、年間短期のインセンティブボーナス、長期のインセンティブ含む。米ドル2億5000万の売上を持つ企業が基)が、もっとも高い相関関係を示したのは「Cost-of-living index」です。

生活コストの高い国は、基本的には資本主義国であり、経営者の報酬も高くなる「暴走傾向」にあるとも言えるかもしれません。ただ、身も蓋も無いことを言ってしまえば、コストがかかるから給料も高くて当然。だから、大企業だけでなく中小企業においても、経営者も従業員も給料もっと上がって良いんだよ…!

ちなみに赤は日本です。縦が生活費指数です。


「データ」を無批判に取り上げない

以上の通り、「世界人材ランキング」は「特定のランキングにおいては参考になるかもしれない」が、総じてランキングを作る過程が非公開が故に是非の判断ができず、残念ながら批評に堪えられない…と判断できます。

冒頭に麻生さんが言ったように「いろいろなものがありますので、たまたまそれがそうだった」。これだけをもって「失われた30年が招いた結末」と評しても意味がありません。もうちょっと良いデータ使いましょっか、と言われるでしょう。

10分調べれば分かることなのに、無批判に結果を垂れ流すことはメディアの役割を果たしているのか。一方的な代弁者になって良いのか。筆者は強く疑問に感じています。

冒頭に紹介した日経の記事では、楠木建さんが中身を見たうえでコメントされていると推察できます。ちゃんと分かっている人は分かっているんですけどね…。

以上、お手数ですがよろしくお願いします。

いいなと思ったら応援しよう!

松本健太郎
1本書くのに、だいたい3〜5営業日くらいかかっています。良かったら缶コーヒー1本のサポートをお願いします。