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Z世代なんて「おっさんのおっさんによるおっさんのための言葉」だから

Z世代を含む世代論マーケティングについては、たびたびその無意味さを指摘している。世代論が通じたのは、20世紀になってからの大衆の時代までであり、みんなが「人生ゲーム」のように同じ年代で同じ社会的立場となり同じような所得で進むという前提の上の話でしかない。

そもそも、かつての正ピラミッド型の人口構成の時代ならともかく、今は若者人口が減っている。そんな状況の中で、「Z世代がこれからきます!」なんてことをいってるマーケターがいるのだとしら、数字を読めないだけなんだろう。人口ボリュームからいえば「消費を動かす力」があるとまではとてもいえない。

こういうことを書くと「Z世代論法でも儲けようとしている界隈」の人から誹謗中傷に近いコメントをもらうことがある。感想だが、カルト宗教を批判する時や、貧困ビジネスを批判した時にくる同様の誹謗中傷のにおいがする。同類なんですか?

自分の商売の視点に自信があるなら、いちいちこんな一個人のnoteの言説に惑わされずにいけばいいのに、と思うが、多分そういうのは「本当の無知」か「わかっているけど、せっかくの俺のまやかし商法を暴露するな」というどちらかだろう。

そんな中、日経もきちんとファクトを提示している。

Z世代なんか儲からないよって話ね。

マーケティング論としてZ世代戦略が叫ばれるが、実はもっともマーケティング効果の薄い世代だと言える。なぜなら圧倒的に人口が少ないからだ。20~24歳までの人口を見ると約624万人。30代前半と比べても3%弱少なく、40代前半と比べると21%程度も少ない。しかもコストパフォーマンス志向は強いうえに、多様化が進んでいる。Z世代マーケティングの経済効果は、もてはやされる割に期待値が低いのが実情だ。

はっきりと数字で示せは、Z世代対象年齢は、2020年時点の国勢調査にあてはめれば、9歳から25歳にあたる。それらの人口総数は1916万人である。しかし、9歳の子どもがマーケティングの対象になるかというと違う。せいぜい高校を卒業した18歳以上だと考えれば、その人口規模は945万人まで減る。さらに、Z世代的な論法で小難しいことを考えるのは、学歴や教育による違いもあるだろう。厳密には、大都市に住んでいるか否かによっても違いはあるのだが、そこは割愛して、単純に高卒以上(短大・高専・大学以上)の学歴を持っている者をZ世代的な価値観と仮定すると、さらに608万人まで減る。たいした規模ではない。
 
対して、独身市場規模を見てみよう。20-50代の独身人口は2509万人。これだけでZ世代の全対象年齢を上回るし、今後それが逆転することもない。子どもは急に生まれてこないからだ。
20-30代に限っても1387万人、40-50代でも1122万人もいる。60歳以上の独身人口ももはや1574万人である。独身といっても、若い方と中年と高齢者とでは望まれる市場は違うので、一括りに独身市場とはいえないが、それでも今後需要の拡大が予想されるのは、「金を持っている子ども」と言っていい40-50代独身者たちである。彼らは少なくとも、18歳以上のZ世代より収入が多い分、消費も多い。つまり客単価が高い人たちである。

冷静にファクトを紐解けば、少なくとも商売において「これからはZ世代の時代」なんてことは言えるはずがないのだ。むしろZ世代よりソロを狙った方が正解なのである。

また、日経の記事では「最近の大人は若者にやさしい」というのがあったが、これも事実からいえば正しくない。そう思ってしまうのは、自分が「やさしくなかった上司」だったためであって、いつの時代も「やさしい上司」はいた。そもそも、孫子の兵法に、「新人の兵卒にはやさしくしろ。最初に厳しくすると信頼は築けない」と書いてある。2500年前もかわらない。


当の「Z世代」対象者の若者自身が「おれたちZ世代だから~」なんてのに乗っていたりする光景も見かけるが、そもそもおっさんたちが、おっさんたちの商売のために定義したものに何の疑いもなく従うなんて、それこそ「だせえ話」だと思う。

Z世代なんて言葉は、加齢臭漂う中年たちに使わせていればいいのですよ。

それについては、カズレーザーがぴしゅりと言い放っている。

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2209/12/news175.html

「Z世代とかって上の人が勝手に作った枠組みなんですよ。本当に今の価値観にアップデートしたいんだったらこういう言葉は使わない方がいい。もしZ世代に当てはまっているんだったら、絶対Z世代なんてダサい言葉使わないでください。昭和だと思われます」

その通りだろう。

時代背景や環境、テクノロジーの進歩により、時代によって意識や行動が変化することは当然のことで世代論そのものは全否定はしない。が、いつまでも世代論に固執して、「イマドキの若者はこうだよね」と無理やりカテゴライズしようとすると「木を見て森を見ず」ということになるだろう。若者に向けて言ってるのではない。Z世代を使うおっさん・おばさんに言っている。

むしろ2020年からの3年間に渡り、小学生から大学生に至る10代までの子どもたちは、コロナ全体主義ともいっていい数々の行動制限や規範の強制を受けた世代であり、ある意味「コロナ世代」というものを生んだ。子どもの頃の3年は、大人の時間に照らせば何十年にも匹敵するものである。

2022年の夏の甲子園で優勝した宮城の仙台育英高校の須江航監督の言葉「僕たち大人が過ごしてきた高校生活とは全く違う。青春って、すごく密なので。でもそういうことは全部ダメだダメだと言われて…」というものが如実に語っているように、もっとも密で、対面で交流を交わし、いろんなところへ出向いて体験をし、言葉や笑い声を発し、時には泣きながら抱き合うような機会をことごとく奪われたこの「コロナ世代」こそ、「同じ年齢に同じ環境に強制的にさらさられた」という意味で「失われた体験」世代として考えるべきだろう。

それだけではない。いつの時代も若者は我慢を強いられてきた。

「キラキラしたZ世代」などと適当にくくって、大人たち自身の責任を回避してんじゃねーぞって思う。


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荒川和久/「結婚滅亡」著者

長年の会社勤めを辞めて、文筆家として独立しました。これからは、皆さまの支援が直接生活費になります。なにとぞサポートいただけると大変助かります。よろしくお願いします。