個人商店、再び
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個人商店、再び

小林 暢子(EY Japanパートナー)

ユーチューバーなど有名タレントが企画する求めやすい価格帯の化粧品が、ソーシャルメディアを媒体として、Z世代に人気だという。

もともと企業が生み出す商品やサービスを「消費」する、受動的な立場だった「消費者」が、2000年代に入りインターネットに助けられて知識を身に着け、一部「プロシューマ―」として開発過程に意見するようになった。プロデュースコスメが示すことは、さらに、「意見する」にとどまらず、みずから「企画・販売する」消費者が現れているということだ。

ソーシャルメディアの台頭により、タレントに求められる価値は「憧れ」から「親しみやすさ」に変わった。フォロワーの多い「有名タレント」といえども、友達になれそうな普通のひと感覚がうけている。

企業と個人の力関係がこのように逆転した背景には、産業のモジュール化とコミュニケーションのデジタル化があることは間違いない。

まず、小ロットでもレシピに沿って請負生産できる製造プラットフォームやマーケティング機能を切り出して請け負うエージェントに、個人でもアクセスすることが可能となった。プロデュースコスメを始めるために必要なものは、アイディアと知名度だけ。

さらに、ソーシャルメディアが大手ブランドと個人ブランドの差を打ち消したことが、個人に有利に働いている。Z世代よりも年上の私たちは、マスメディアで育った感覚から、大手に対する信頼を、そのままデジタルマーケティングから感じ取るヒエラルキーに持ち込んでしまいがちだ。ところが、もともとデジタルを主として育ったZ世代にとっては、この差は既に意味をなさないように感じる。すなわち、好感をもってフォローする個人が代表する個人ブランドも、大手ブランドも、同じ土俵で評価しているのではないか。

このように大手から個人までが対等に戦える世の中では、個人商店への揺り戻しが起こっている。その昔、寡占へ傾く資本主義の傾向から、個人商店の分は悪く、大手資本に席巻される運命にあった。街角のパパママストアはスーパーに駆逐され、コミュニティの中で血が通った商売は、顔が見えない大手資本と消費者の無機質な関係に置き換わった。

ここにきて、プロデュースコスメの例が示すのは、個人が再び立つ時代の到来だ。ただし、昔のパパママストアとは異なり、近所のお店といった物理的制約はない。実際に会ったことはないが友達感覚のお客さんと、デジタル媒体を介してフラットにつながる —このような個人商店の再来は、消費の成熟を表す新段階と言える。

ただし、新しい個人商店にも死角はある。まず、持続性だ。組織ではなく、個人のスターパワーを価値の源泉としているため、その個人が飽きたり、または飽きられたりしたら、永続性はないだろう。

もちろん、化粧品を含む広義のファッション業界では、昔から個人のスターパワーから興されたブランドは、いくつもある。ソーシャルメディアで花咲くプロデュースコスメが、これらの先輩ブランドのように創始者を超えて続く存在になるか、または花火のような一瞬の存在になるのか? もしかすると、常に違う花火が浮かんでは消えるのが、プロデュースコスメという業態の常として定着することも考えられる。

さらに、個人商店に不向きなカテゴリーもある。まず、組織対組織のブランド力がものを言う、すなわちソーシャルメディアに頼れないB2Bカテゴリーは不向きだろう。

B2Cの中でも、腰を据えた自家製の研究開発が必要不可欠な場合、個人の知名度と企画力だけでは足りない。そのため、化粧品の中でも、研究の蓄積が必要なスキンケアはプロデュースコスメに向かず、アイメークなどカラーコスメが個人商店向きとなるゆえんある。一方、お菓子などで個人商店の「プロデュースフード」がもっと出てくることは予見される。

いずれにせよ、メーカーにとって、「お客様は神様」から、「お客様は競争相手」の時代に移っている。個人商店の再台頭は、時代の混沌を映している。

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小林 暢子(EY Japanパートナー)
EY Japanでパートナーを勤める戦略コンサルタントです。世界の流れが大きく変わる今、「一見変わらない日本」がどう変わるのか、日本人がどう生きるかに興味があります。コンサルタントの現場感と外からの視点を大切に、幅広いトピックを扱います。