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国内旅行業の一本足打法を見直す【日経COMEMOテーマ企画_遅刻組】

最注目される国内旅行

Go to トラベルに代表されるように、COVID-19によって大打撃を受けた観光業を支えるべく、国内旅行の需要増に大きく注目が集まっている。星野リゾートの星野佳路代表がCOVID-19流行の初期から唱えていた、近場を旅行する「マイクロツーリズム」からの復旧が起きているのが現状だと言えるだろう。

ここ数年、インバウンド観光の陰で存在感が薄れていた国内旅行だが、観光業界の努力もあって宿泊客で観光地も賑わいをみせてきている。筆者の住む大分県も、別府や湯布院は週末や連休は福岡や大分県内の旅行客で行楽を楽しむ人が出てきている。

大分県竹田市にある長湯温泉を代表する100年以上の歴史を持つ大丸旅館も、COVID-19に洪水被害と天災が続いたが、Go to トラベルの施策以降、湯治客でにぎわいを見せている。

反面、国内旅行客による需要増とともに、観光業界は新たな旅行客のニーズに応えなくてはならないという新たな課題も出てきている。例えば、Go to トラベルは客単価の高い宿泊施設に恩恵が集中しており、コストパフォーマンスを売りにしていた宿泊施設は集客に苦戦している。また、旅行代理店も楽天やじゃらんなどのオンライン予約サイトに顧客が集中し、DXの進んでいない中小規模の旅行代理店は恩恵に預かれていない。つまり、時代の変化に対応できるかどうかが問われている。

それでは、これからの国内旅行の在り方とはどのようなものだろうか?日経COMEMOのテーマ企画「#どんな国内旅行したいですか」を下敷きに考えてみたい。

時代の変化に翻弄されてきた国内旅行

バブル崩壊以降、失われた30年は国内旅行に関しても厳しい状況を突き付けている。社員旅行に代表されるような団体旅行のニーズに対応することを目的として観光地が整備されており、個人客のニーズに対応ができないまま方針が定まらない観光地が多かった。大分県の湯布院温泉や熊本県の黒川温泉など、個人客のニーズに対応できた規模の小さな温泉地は柔軟に対応できたが、同じ九州でも規模の大きな別府温泉や宮崎県のフェニックス・リゾートは対応しきれなかった。

筆者が大学入学とともに別府に住み始めた2002年は、ちょうど団体から個人への過渡期の最末期だったと思う。大型の旅館が次々に潰れ、電気の灯らない閉業した大型ホテルが亡霊のようにたたずんでいた。その一方で、団体客の相手をするコンパニオンの女性が送迎車でホテルからホテルへと渡り歩いていた。

そのような中、オンラインでの宿泊予約が主流となり、個人客向けの国内旅行は激しい価格競争に陥っていた。神奈川県鶴巻温泉の老舗旅館である陣屋が宿泊料金を値下げし、倒産寸前の状態にまで追い詰められていたのはこの時期だ。客が来ないために値下げをし、09年には客単価が9800円にまで下がり、負債が10億円まで膨らんだ。この状況には、LCCによる格安海外旅行という国内旅行の競争相手が増えたことも拍車をかけた。

そして、COVID-19による「マイクロ・ツーリズム」という形で、国内旅行は新たな変化の波にさらされている。

一本足打法だった国内旅行ビジネス

時代の変化が激しく、変化への対応に追われてきた国内旅行業界だが、これまでのトレンドを観ていると気になることがある。それは、旅行業界がブームに対して非常に弱いということだ。この弱いというのは、「おじさんは日本酒に目がない」といった意味だ。何か1つのトレンドが起こると、猫も杓子も飛びついてしまうところがある。

昭和の時代は団体旅行に一斉に舵を切り、平成ではネット予約による個人客誘致のために価格競争に乗り出した。そして、COVID-19前まではインバウンド観光だ。つまり、儲けの源泉が時代と共に変化し、バリエーションがない。

経営学的に言うと、収益のモデルを1つの事業や事業ストーリーに依存することはリスクが高すぎるために推奨されない。収益モデルは複数の事業でポートフォリオを描き、どれか1つが回らなくなっても、次の新規事業が立ち上がるまで残りの事業で賄うことができるように戦略を描くことが原則だ。

例えば、グローバル企業の定義は収益モデルの分散を前提にしている。統一された定義はないものの、およそ「事業の収益源が7大州のうち3州以上で分散されており、母国からの収益が全体の3割を超えないこと」と考えられることが多い。

つまり、インバウンド観光客が来なくなったからと、急に事業が立ち行かなくなるのは事業のポートフォリオがそもそも脆弱ということだ。経営戦略は、一本足打法では企業の持続可能な発展を支えることが難しい。何か好調な事業があるのならば、好調なうちに次の収益源となる事業ストーリーを立ち上げる必要がある。

1つの観光地で1週間楽しめるか?

幸か不幸か、「Go to トラベル」による需要増は国内旅行の在り方について見つめ直す良い契機だ。例えば、前述した鶴巻温泉の陣屋はテクノロジーの活用による経営のV字回復を遂げた後、そのテクノロジーを基に「陣屋コネクト」という宿泊業向けのIT企業としてサービスを横展開している。高級旅館とIT企業という異なる市場に向けて事業展開することで、事業のポートフォリオを描いている。このように、自社の強みを活かして、市場を変えてみるというアプローチが手段の1つとして考えられる。

また、ポートフォリオは一企業の中で閉じる必要はなく、観光地単位で描くのも有効だろう。Go to トラベルで高級旅館にしか観光客が来ないのであれば、他の旅行業は高級旅館に宿泊する観光客が滞在中に楽しめ、長期滞在をしたくなるようなサービスを提供することで観光地としてのポートフォリオを作ることができる。

例えば、香港やバンクーバー、ローマなどの世界的な観光地に行くと、宿泊以外の観光産業のバリエーションが豊かなことに驚かされる。フランスのニースに滞在していた時、南欧の観光地とはいえ、人口が34万人しかいない地方都市なのにアクティビティの豊富さに驚いた。ニース城を中心とした歴史的な街並み、南欧料理を楽しめる賑やかなレストラン街、海沿いでのスポーツ・アクティビティ、ビーチでのノンビリとした日光浴、マティスやシャガールなどの芸術家の作品を愉しみ、夜にはカジノで正装の老貴婦人がノンビリと社交を楽しむ。少し足を延ばせば、幻想的な「地中海が見える鷲の巣村」であるエゾ村やモナコ公国にも行ける。ニースの経済圏だけで、飽きずに1週間を楽しめるのだ。

それでは、日本の観光地で1週間を飽きずに楽しむことができる、観光体験のバリエーションをもった都市がどれだけあるだろうか。また、観光資源があったとしても、それを1つのストーリーとして観光客にメッセージを伝えることができているだろうか。

日本全国の1人当たり宿泊日数が凡そ2泊で推移しており、1人当たり国内旅行回数が1.3回前後という観光庁の統計は非情な現実を表している。1つの観光地で1週間を楽しませることができるストーリー作りと、それによる事業ポートフォリオの作成が、今の国内旅行に求められている。そして、バリエーション豊かな観光体験はインバウンド観光に対しても都市の魅力を向上させる一助となるだろう。




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