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石破総理・高額療養費への「キムリア」答弁がなぜ批判されているのか

2月21日の衆議院予算委員会における、石破総理の「高額療養費」に関する答弁の内容が、医療関係者や患者団体から強い批判を受けています。

石破総理は酒井菜摘衆院議員(立憲)の質問に対し、「せっかくですから申し上げておきますが」と前置きし「『キムリア』という薬があって、1回で3000万円ですよね。有名な『オプジーボ』が 年間に1000万でございます」と具体的な薬剤名を挙げ、高額薬剤への対応として政府が進める自己負担増への理解を求めました。

この答弁に対し、医療関係者や患者団体からSNSなどで強い批判が起きています。

医薬品の「費用対効果」とは


なぜ、批判が起きているのでしょうか。その背景にはまず、具体的な薬剤名を名指しすることで当該の薬をいま使っている、もしくは使った経験のある人への心理的圧力になることが考えられます。

筆者はそれに加え、「費用対効果」の考え方を石破総理が理解していないのではないか?と疑問視された点があるのではないかと考えています。

名指しされた薬のうちキムリアは主に、稀な白血病(※)の患者(25歳以下)のうち、様々な治療を行っても改善しなかった人に限定して使われます。それでも高い寛解率を誇る画期的な薬です。つまり「高額だけどすごく効く」薬です。
※B細胞性急性リンパ芽球性白血病(B-ALL)

薬の価値は、「価格」と「効果」を加味して評価されます。つまり「すごく高いけど、人の命を守れる画期的な薬」は価値が高い一方、「価格は安いけど、何の効果もない」薬は価値が低いとされます。

キムリアは超高額薬であることから、国が行う費用対効果評価の対象となり、その結果が2021年にすでに報告されています。その結果に関しては以下の日経新聞の記事を参照してください。

キムリアの場合は750万円を基準としていたが、実際の治療では白血病では750万円を下回ったものの、リンパ腫では750万円を超えた。患者数の割合で加重平均すると薬価を下げることになる。

高額薬キムリア値下げへ 薬価に費用対効果を反映 日本経済新聞2021年3月24日

ここで基準とされているのはICER(増分費用効果比)というもので、イメージしやすくするためにすごくざっくりいえば「ある患者の生命を1年延ばすのに、従来の治療に加えて必要となる費用」です。この基準を仮に750万円として、それより上回っているか下回っているかが調べられました。

結果として、白血病でのICERは500万円以下と判定されました。これは、過去に評価された他の高額薬と比較しても良い結果と言えます。
簡単に言えば、キムリアは確かに超高額薬であるが、それに見合うほど効果も高いので、結果としてコスパが良い(少なくとも白血病に関して言えば)ということになります。

「薬の価格」だけを見て議論することの危うさ


前述したように、薬の価値は「価格」と「効果」を加味して評価されます。つまり「すごく高いけど、人の命を守れる画期的な薬」は価値が高い一方、「価格は安いけど、何の効果もない」薬は価値が低いとされます。

医療保険の本来の目的は、「価値の高い」画期的な新薬が現れ、その薬があれば命が救われるようなケースにおいて、医療費のせいでその治療を受けられず命を落としてしまう人を減らすことにあります。

いま国内では、残念ながら「効果がない」と判明している高額な薬が、いまだに医療保険でカバーされているようなケースが多くあります。
(もし興味があれば、新型コロナ薬について論じた筆者の記事をご覧ください)


医療政策学者の津川友介氏は、この現状に基づき、医療費の抑制が目的であれば「価値が低い薬」を医療保険から外すべきだと指摘しています。そのほうが結果として抑制金額は大きくなるうえ、価値が高い薬を「高額だから」という理由で使いにくくすれば、命を失う人を増やす危険があるからです。

まとめ


キムリアは、確かに高額だけれど、価値のある薬だということが国の評価でも示されています。それにも関わらず、石破総理が今回の答弁でいわば「負担の象徴」としてキムリアを名指ししました。

筆者個人はそれを聞き、そもそもの目的である「持続的な医療制度」を検討するうえで最低限必要な基礎知識である「費用対効果」の考え方を理解しないまま総理が制度変更を強行しようとしているのでは?とする疑念を覚えました。

医療者や患者団体など、制度変更に直接の影響を受ける人たちが答弁に対して批判を強めている背景にも、同様の疑念があると筆者は考えています。

#日経COMEMO

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