新型肺炎と経済・金融情勢を考える

3人に1人が中国人
中国発の新型肺炎の感染拡大が報じられる中、これが先行きの経済成長に如何なる影響を持つかという試算が各機関で公表されています。出ている数字には幅があるようですが、総じて03年のSARS騒動の時よりも大きそうということで衆目は一致しそうです。確かに、訪日中国人の激減を通じた景気への影響は現実的な問題でしょう。今次パニックの類似例として2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)が思い返されますが、2003年の中国からの訪日外客数は44.8万人であり、現在(2019年は959.4万人)とは比較になりません。ラフなイメージですが日本に遊びに来る外国人客の3人に1人が中国人という現状があります(JNTOの2019年通年データ参照)。

サービス収支への影響
かかる状況下、インバウンド需要に依存してきた各種産業(特に小売業や宿泊・飲食サービス業)への影響が思い浮かぶところですが、金融市場(とりわけ為替市場)への影響も気にすべき論点があります。例えば、近年、日本の対外経済部門はインバウンド要因で大きく変化しています。国際収支統計におけるサービス収支が概ね均衡状態にあるのはその一例です。サービス収支は2000年代前半には▲4兆円程度の赤字でした。あれから20年が経過し、輸送収支やその他サービス収支の状況は変わっていませんが、旅行収支は大幅な黒字に転化しました(※サービス収支=輸送収支+旅行収支+その他サービス収支)。要するに、来日して日本に外貨を落としてくれる訪日外客数が増えたということであり、これは観光産業が日本経済にとって重要な輸出品目になったということでもあります


仮に、現在のサービス収支が2003年当時同様の▲4兆円程度の赤字だった場合、断続的に黒字と赤字を行き来している今の日本の貿易収支(例.2019年は▲1.6兆円、2018年は▲1.2兆円、2017年は+2.9兆円)ではカバーできない計算ですので、貿易サービス収支で見れば赤字が常態化することになります。円相場の需給環境ひいては円相場の見通しを作る上で小さくない話と言えるでしょう。今や日本の外貨獲得手段として無視できません。

SARS緩和の教訓
為替市場への影響という観点からは日銀の「次の一手」も気になるところです。1月21日の会見で黒田日銀総裁はこの点を問われ、「現時点で何か予想のようなことを申し上げるのはまだ早い」と詳しい回答を控えました。ここで2003年当時の福井元総裁時代の政策運営を振り返ると、同年5月に「東アジアでの新型肺炎の影響を巡る不確実性に加え、株価、為替相場の不安定な動きなど、先行き不透明感がこのところ強まっている」として量的緩和の拡大を決定しています。疫病リスクが追加緩和の理由となった前例がある以上、感染の状況次第で市場催促が始まる可能性はあるはずです。


とはいえ、次回会合は3月18~19日とかなり先です。それまでに収束しているのが最善のシナリオであり、その可能性を願うばかりです。しかし、万が一収束せず、現在の騒動が次回会合まで継続していた場合、日銀は新たなリスク要因としてこれに言及し、政策運営の修正を検討する事態に陥っている可能性は十分考えられることです。

2019年と同じパターンに?
なお、日本経済への影響も気がかりなところですが、2020年に立ち直りが期待された中国経済がこの問題で失速を余儀なくされれば、世界経済は復調の契機を失いかねないでしょう。2019年の世界経済減速の主犯は中国と欧州でした。とりわけ欧州に関しては中国への自動車輸出が抑制されたことが足枷になったとの指摘が頻繁に見られてきました。だとすれば、今回の新型肺炎騒動は中国経済の減速を通じて、2019年と同じ光景を世界経済に持ち込む恐れがあるという話になります。こうした中国を震源地とする欧州経済減速のリスクが今回の新型肺炎騒動において非常に心配されるリスクではないでしょうか。


また、2019年のFRBが中国や欧州の減速を理由として「自国(米国)は弱っていないものの予防的に緩和しておく」というロジックに舵を切ったことも頭をよぎります。そのような事態に至る前に収束することを願うばかりですが、主要な資産価格についてシナリオを検討する際、主要国の金融政策に影響を与える要因として新型肺炎リスクを整理しておくのが良いでしょう。

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