見出し画像

デジタルネイティブと新人教育を考える

先日、ぼくの所属するサイボウズで、新入社員が1か月間の研修を終え、それぞれの部署に配属された。

多くの日本企業では、4月になると新卒学生を一括で採用し、新人教育を実施する。中でも、全体で一斉に行われる新人研修は、就業経験がまったく無いメンバーがスムーズに会社に馴染むために欠かせないオンボーディング施策の1つとなっている。

もちろん、新しく会社に入るメンバーに対して、どんな教育を実施するのが望ましいかは、会社のビジョンや事業内容によって大きく異なってくる。プロダクトやサービス、対象とする顧客によって、仕事の仕方や最低限身に着けておくべき基礎知識は変わってくるからだ。

ことサイボウズに関して言えば、社内で仕事を進めていく際の特徴として、とにかくオープンにコミュニケーションすることが挙げられる。

意思決定に関する議事録や資料、業務上のコミュニケーションからメンバー1人ひとりの日常的なつぶやきまで、プライバシーとインサイダーを除くすべての情報がグループウェア上に公開されており、言ってしまえば、会社の中に、インターネットやSNSが存在している感覚に近い。

いま新卒で入社してくるメンバーたちは、インターネットやSNSなど、あらゆる情報に簡単にアクセスできるのが当たり前の社会に生まれた、いわゆるデジタルネイティブと呼ばれる世代にあたる。

そういう意味では、会社の内と外でコミュニケーションの仕方が違わないぶん、スムーズにオンボーディングできそうな気もするが、ぼく自身、3年間新人研修の企画を担当する中で、インターネット的な価値観を持った人達が、インターネット的な環境で仕事を進めていくにあたって必要な研修には、幾つか押さえておくとよいポイントがあることに気がついた。

今回はデジタルネイティブな新入社員メンバーと一緒に研修をつくり上げていく中で、少しずつ見えてきた育成担当者としての学びを紹介したい。

社内の情報リテラシーを磨く

先述したとおり、サイボウズで働くとなると、社内にインターネットやSNSがあるような環境で仕事を進めていくことになる。

最近は特に新型コロナの影響でテレワークする人の数が増え、オンラインでコミュニケーションする機会もさらに多くなってきた。

そんな中、新しく入社したメンバーから、「社内のグループウェア上にある大量かつ多様な情報に溺れてしまって、スムーズに仕事を進めるのが難しい」「社内のオープンな環境でどう発信をしていいのか分からない」といった声が挙がるようになってきた。

要するに、広大な情報の海の中で、自分に必要な情報をどこから、どのように見つけ、解釈、発信していくのかという情報リテラシーの必要性が高まってきたのだ。

そこで、最近のサイボウズの新人研修では、さまざまな形で社内の情報リテラシーを学ぶコンテンツを用意している。

最低限、社内のグループウェアのどこに、どんな情報が集まっているのかを伝えることはもちろん、ある情報が欲しいと思った時に、どんな条件やキーワードで検索するのが効率的か、という検索術のノウハウを学ぶコンテンツや、どうすればオンライン上で人に伝わりやすい発信ができるか、という観点からテキストコミュニケーションに関する研修も実施するようになった。

また、どんな人にも分かりやすい発信、という意味では、最近はアクセシビリティの考え方も研修コンテンツの中に取り入れるようになっており、たとえば視覚や聴覚に障がいがある人でもアクセスしやすい文章の書き方や、資料の作り方を学ぶ時間を設けたり、新人研修のコンテンツ自体も可能な限り、アクセシビリティ対応を行っている。

情報が公開されているといっても、そこにうまくアクセスできない人がいては情報が共有されているとは言えない。既存社員はもちろん、新しく入ってくるメンバー1人ひとりが情報リテラシーを高めていくことによって、誰もが情報にアクセスできるチームに近づく努力はこれからも必要だろう。

正解を押しつけない

サイボウズでは例年、新人研修のスケジュールが全社公開され、既存社員であろうと誰でも研修に参加することができる。もし、リアルタイムで参加できなかったとしても、資料と動画はすべてオープンな場所にアップされ、誰でも見られるようになっている。

加えて、新人メンバーの研修に対する感想も毎日、日報と呼ばれる公開の場所に書かれるため、人事側で伝えたことについて新人メンバーが感じている違和感を他本部の人が見て、「この考え方はアップデートした方がいいかもしれません」と研修担当者にコメントが入ることも少なくない。そのため、新人研修で「こうするのが正解です」と教えることは殆どない。

たとえば、ビジネスマナー研修1つとっても、言葉づかいや名刺交換など、知っておくと使えそうな知識は最低限伝えるが、どちらかといえば、社内のさまざまな職種で実際にあったマナーに関する失敗事例や意見を共有することで、マナーとは何かを一緒に考えることを主眼に置いている。

また、会社のカルチャーについて理解を深めてもらうコンテンツも、サイボウズのカルチャーはこういうものだ、と一方的に押し付けるのではなく、現在のサイボウズのカルチャーを一通り説明したうえで、具体的にそのカルチャーに関わる社内事例を伝え、それについてどう感じるか、解釈を共有し、考え方をアップデートしていく場をメインとしている。

世の中でもインターネットやSNSが普及したことで、色んな価値観が可視化されるようになり、絶対の正解を探すよりも対話を重んじる機会が増えているように思うが、もしかすると、それと同じことがサイボウズ社内でも起きているのかもしれない。

競争より共創を

最後に紹介したいのは「実践研修」と呼ばれる、研修の最後に実施するケーススタディ型のグループワークだ。

少人数で複数のチームに分かれてもらい、実際の事例を模した顧客課題について、それぞれのチームで解決策を提案してもらうという、多くの会社で取り入れられている研修手法だが、いくつか変わったポイントがある。

まず、顧客課題の解決に取り組むにあたって、社内のグループウェア上で検索すれば出てくる提案資料などの情報は幾らでも使ってよいとしている。また、他チームの検討内容を参考にすることも問題ない。

最終的な発表も、何か点数をつけて評価するようなことは敢えてせず、社内のチーム間で情報を隠しながら競争するよりも、お互いに情報を開示、協力する方が、顧客に対してより価値ある提案ができることを実感してもらうことに重きを置いている。

また、もう1つ紹介したいのは、この実践研修中に行うチームワーク向上を目的としたワークショップである。

具体的には、実践研修の中日に、メンバー同士でお互いが感じているチームに対するもやもやや、実際にワークをしている中で気づいたお互いの強みと弱みを社内のフレームワークに沿って共有する場を設けている。

ワーク後の新人メンバーの感想としては「お互いの本音を吐き出せたことで、チームの理想を再設定できたり、そのあとの役割分担やコミュニケーションがスムーズになったりと、明らかにワークを進める効率が上がった」というものが多く、ここでも「お互いの考えていることを隠すよりも、できるだけオープンにして、一緒に協力した方がチームの成果につながる」ことを体感してもらうようにしている。

教える、教えられるの垣根を超えて

ここまで幾つかのポイントを紹介してきたが、個人的に、サイボウズの新人研修を企画していて最もユニークだと思うのは、研修を通して学びを得ているのは新入社員だけではない、という点である。

先述したとおり、新人研修期間中、新入社員には毎日、研修で学んだことや感じた違和感などをグループウェア(kinone)上にあるオープンな「日報スペース」で書いてもらっている。この日報スペースは毎年沢山の既存社員にフォローされ、新人メンバーの書き込みに対して、沢山のいいねやコメントがつく。

言ってしまえば、新入社員が入ってくるたび、新しい観点での学びが社内に共有され、既存社員もその学びを疑似体験しているようなものである。

「新人教育」などと銘打ってはいるものの、寧ろ、新人が入ってくるたびに教育されているのは、元々いるサイボウズメンバーの方なのではないかという気もしてくる。

テクノロジーの進化によって、社内外を問わず、情報コストが爆発的に下がった時代において、誰が教える側で、誰が教えられる側かというのは、今後ますます曖昧になっていくのかもしれない。

そんなわけで、今日もぼくは、エンジニアの新卒社員が社内で開催してくれた「いまさら聞けない インターネットの仕組み勉強会」の動画再生ボタンをこっそりとクリックするのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?