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成功をめざさない幸せな社内起業家ライフとは〜#社内起業家になってやりたいこと

(Photo by NASA on Unsplash)
今回の日経COMEMOのお題は、「社内起業家になってやりたいこと」。私自身が前職の大企業で、社内起業家として13年間にわたり新事業に取り組んだ経験と、その後の起業後には9年間にわたり社員の社内起業家精神を引き出すことに取り組んできた経験を書いてみたい。


社内起業家の陥りやすい罠〜大企業での経験

社内起業家の特徴は、社内の役員などのスポンサーが存在することである。スポンサーとは、新事業や横断プロジェクトの予算を確保してくれる役員をさす。私が大企業で社内起業家として新事業に取り組んでいたときには、経営企画の専務が目的レベルの、つまり想いを共有したスポンサーであった。

しかし社内起業家のスポンサー構造は単純ではない。新事業が立ち上がるにつれ、新事業チームの所属部門が変わっていった。最初は経営企画の下で新事業企画を行っていたが、次に新事業センター、続いてコンサルティング部門、さらにはグローバルサービス部門、最後は国内営業部門の下に入ることになった。それでも、新事業チームは独立採算の社内カンパニー的に活動を続けた。

これにより起きることは、所属レベルのスポンサーになる事業部長が、実際の予算実行の承認を得るための関門になるということだ。目的レベルのスポンサーである専務とは、より大きなビジョンの実現をめざそうという話をして、所属レベルのスポンサーとは、短期的な利益など、社内事情にあったさまざまな約束をさせられることになる。

こういった複数スポンサーとの折衝が定常化すると、事業を継続するための「社内説得」、つまり各ステークホルダーの要望を満たすことが仕事のゴールのように見えてしまうようになる。そうなると、「事業の持続性」が目的化してしまい、社会を変えたい!という「起業家精神」とかけはなれた「守り」の姿勢になってしまう。

社内起業家の特権を活かす〜起業後の経営思想

発想を転換しよう。起業家精神を失わないためには、社内起業の「成功イメージ」を変える必要がある。社内起業の成功イメージを「社内のスポンサー役員の要望を満たし、事業を継続させること」ではなく、「会社というパトロンがついた自由人として生きること」と考えてみてほしい。

私自身が、社内起業家での経験を通して、実際にその後、2つの会社を起業している。そこで気づいたのが、自分の会社を立ち上げると、社内スポンサーの満足度は無関係になるので、「あらゆるアイデアの実現の意思決定社は顧客になる」ということである。

そして私は、この感覚をどうすれば社内起業家時代にも持てたか?ということを考えるようになった。さらに言えば、社長として、社員に「意思決定者は社長でなく顧客」という感覚で起業家精神を発揮してもらえるかを考えてきた。その結論としての形が、Slow Innovationという会社になる

私は、「会社に貢献できるか」と言う視点ではなく、「スローイノベーションで実現したいものがあるか」という視点から社員を選ぶようになった。そして、彼ら彼女らの社内起業家としての想いをさらに引き出し、多様なステークホルダーとつなぎ、スロービジネスとして形にしていくことを会社の目指すものにした。

この考え方の実現は、言うよりずっと難しいものだ。一人ひとりにやりたいことがあっても、それらすべてをビジネスにするというのは、魔法でもなければ不可能だ。

そこで一人ひとりのスローリーダーシップを引き出すための工夫をしている。スローリーダーシップとは、「自分のやりたいことの実現に向けて、すぐに実現できないことであっても、あきらめずに、他の人とのつながりをつくりながら、一歩ずつ進めていくリーダーシップ」だ。

スローリーダーシップを引き出す工夫とは、具体的には次の3つのステップを提供することである。

ステップ1. 自分自身の関心に自覚的になる。
ステップ2. 他人の関心も傾聴し、自分の関心と統合する。
ステップ3. 統合された関心をカタチにする。

会社が何をしたいかから入らず、自分自身の関心に目を向けるところがポイントだ。それは、社員の多様性を最大活用することでもある。

次の記事は、パラリンピックが「多様性のもつ可能性」を最大限に示したということを報じている。誰もが人と違うニーズを持っている。

すべての社員が社内起業家として、自分の関心と顧客やパートナーを含む、多様なネットワークと関心を統合していけば、いつか必ず、新しいアイデアが生まれてくることになる。これをゆっくりと待ち、ビジネスというカタチにするのが、経営の仕事と考える。最初から儲かるアイデアがボトムアップで出てくるなら、経営者は要らない。

幸せな社内起業家ライフ〜高いレベルでの公私統合

そして到達した考え方が、社内起業家として生きることは、「自分らしく幸せに生きること」だということである。私は経営者として、社内起業家である社員たちが、自分の関心に向かって仕事と生き方をデザインできるように支援する。

うちの社員のうちの一人は、政治に関わる別の仕事を複業でやっている。もともと政治家の支援と、まちづくりに関わるビジネスの両方を実行することで、日本社会を地域から変えたいという想いをもっていた。これを追求することで、政治だけでも、ビジネスだけでも実現できないイノベーションができるのではないか。

もう一人は、フリーランサーとしての生き方にこだわってきたメンバーで、入社後もフリーランス時代にやっていた仕事をそのまま個人として受けている。それによって、誰もがフリーランスとして生きていける社会をつくりたいと思っている。経営としても、社員になりながらも個人で独立して仕事をするというこだわりを尊重し、それを追求してもらうことで、新しい働き方を探求している。

また、子育て真っ最中の社員もいる。通常は、子育ての逆境を乗り越えるために苦労することも多い。そこで逆手をとって、社員が自分のこだわりをもって働くための「ニーズ」をはっきりと聞き取り、その上で「その人のやりたいことを中心に360度デザインする」ことをやり抜くと、それは普遍的なニーズである「インサイト」を生み出すことになると考えた。具体的には、短縮勤務をフレックスにしたり、子どもと一緒に働くことを支援するコワーキングスペースと法人契約を行い、社員がいつでも使えるようにしたりもしている。これによって、「子育てしながら幸せに働くための会社のあり方」を追求している。

大事なことは、「社内起業家は遠慮せずに自分のニーズを明確にする」ということだ。それは、「事業分野としての関心」も一つだし、働き方や生き方に関しても「幸せに働くためのニーズ」を遠慮なく出すことだ。わがままに働くことが、会社としての先行投資となる。

そしてこの仕組みが機能する最大の秘訣は、経営者も「幸せに働くためのニーズ」を皆に伝えていることだ。ときには、「今は事業が赤字で、短期的な収益が必要である」ということも社員に、社長のニーズとして伝える。だからこそ、戦略や組織にしたがって仕事をするのではなく、個人の想いにしたがって仕事をし続けることができる。

会社のために社員がいるのではなく、社員のために会社はあるのだ。そう考えると、社内起業家ほど楽しい生き方はない。すべてのわがままやこだわりを公私混同することが、いや、それを1レイヤー上げて公私統合することが、イノベーションを生み出す最大の近道なのではないだろうか。

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