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円は「噂で売って、事実でも売り」なのか?

「噂で売って、事実でも売り」
いよいよ本日、日銀金融政策決定会合を迎えます。筆者のnoteではあまり時間軸の短い議論は意図的に避けるようにしておりますが、今回は注目度に鑑み、簡単に一筆させて頂こうと思います。会合当日で恐れ入ります。

筆者は従前よりマイナス金利解除は「日銀発の円高材料出尽くし」という解釈が先行し、決定後は円安が加速するという「噂で買って、事実で売り(Buy the rumor, sell the fact)」の典型になるという考えを持っておりました。だが、周知の通り、3月18~19日開催の日銀金融政策決定会合に関し、各社からマイナス金利政策の解除を決め打ちするような観測報道が相次いでおり、既に金融市場では政策決定前に織り込みを完了したかのような雰囲気が漂っています:

これまでマイナス金利解除観測に円高で反応していた為替市場も、もはや意に介する様子が見られず、足許では149円付近まで値を戻しています。各社のヘッドラインからは確信を感じられるものが多く、同じ会社が複数回の解除観測を報じるケースまで見られている。相場格言で言えば「噂で買って、事実で売り」という定石ではなく「噂で売って、事実でも売り(Sell the rumor, sell the fact)」というコースに入っていないか不安を覚えます
 
リークに伴う余計なリスク
巷説で指摘される通り、植田体制発足後、観測報道は明らかに多くなっています。市場参加者における会話でも「直前のリーク待ち」というフレーズが当たり前のように使われるようになっており、それが植田流の政策運営という解釈が浸透しているようにも思えます。

もちろん、リークに絡んだ真偽は筆者の知るところではないですし、日銀にとっては17年ぶりの利上げであるため万難を排したいという胸中も理解できなくはありません。但し、足許以上の円安リスクを回避したい日本の台所事情を考慮すると、「金融引き締めで円安をけん制する」という経路はリークによってハードルが上がっているのは否めません。例えば、今回の会合に関して言えば、マイナス金利政策の解除を超えるタカ派色の強い決定を出さない限り、円売りを招く公算は大きいでしょう。文字通り、「噂で売って、事実でも売り」です。故意にしろ、過失にしろ、事前に決定内容をリークしてしまうとそうした余計なリスクが付いてきます。
 
連続利上げという円高リスクは健在
もはや3月会合の注目はマイナス金利政策の取り扱いではなく、その後の運営、具体的には追加利上げの有無についてどのような情報発信があるのかに集まっています。もちろん、不連続な政策運営が否定されている以上、マイナス金利政策が解除されても「引き続き緩和的な金融環境を維持」という発言でバランスを取るというのがメインシナリオになります。

しかし、3月15日、連合から公表された2024年春季労使交渉の第1回回答の集計結果は平均5.28%と5.66%だった1991年以来33年ぶりに5%を超えています。今年1月時点の日経センターの事前予測が3.85%、その後のエコノミスト予想も4%に集中していた経緯を思えば、5%は上振れと言って差し支えないでしょう:


そもそも春闘の結果がどうあれマイナス金利政策の解除とこれに伴うイールドカーブ・コントロール(YCC)およびフォワードガイダンス(「必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」、以下FG)撤廃が既定路線と考えられていたことを思えば、必然的に「それ以上の回答」を期待する向きはあるでしょう。具体的には短期金利に関し、連続利上げが示唆されるような未来は引き続き強烈な円高リスクとしてシナリオに注記すべき論点です。3月12日時点のIMM通貨先物取引の状況を踏まえると、依然として対ドルの円売り持ち高は解消が進んでいるものの、まだ大きいと言えます:

 
今後も国債市場への関与は続く
もっとも、メインシナリオはマイナス金利解除・YCCおよびFG撤廃を決定しつつ、あくまで緩和環境の維持を強調する路線でしょう。厳密にはこれに上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)の買い入れ停止も決定事項として加わると言われていますが、それは現実の追認です。事前報道でもさほど話題を集めていないことを見る限り、自明の前提という位置づけでしょう。

いずれにせよ、3月会合を経て短期金利(無担保コールオーバーナイト金利)はゼロもしくは+0.1%へ引き上げられ、長期金利(10年債利回り)の上限目途(1%)も引き上げられるでしょう。しかし、それらの決定を経ても日銀が発行残高の半分以上(約600兆円)の国債を保有している現実は直ぐには変わらないため、日銀の国債市場への介入は今後も続きます。この点、日本国債価格が市場機能で決まるというのは遠い未来の話です。制度としてのYCCがなくなってもイールドカーブのコントロールは何らかの形で必要であり、既に各社が観測を報じる通り、国債購入は増減を伴いながら継続するのでしょう。例えばストッパーとしての指値オペも残るかもしれません(この点の観測は割れています)。

日銀の正常化は恐らく、これから到来するFRBの利下げ局面が一巡して次の利上げ局面が始まったとしても、恐らくは完了していないでしょう。それほど長い時間軸で見ておくべき話であり、通常の中央銀行の利上げ・利下げサイクルとは性格の違うイベントだと思います。筆者は率直に「マイナス金利政策は副作用が大きくなってきたので止めます」で何ら問題と思っていますし、恐らくFRBやECBならそうしたと思いますが、日本社会の利上げや金融引き締めに対するアレルギーは半端ではないのでリークを使ってじっくりゆっくりは致し方ないのだと思います。なお、未だデフレ脱却は済んでいないというリフレ的な主張は事業法人を筆頭とする現場の景況感に直接触れていないとしか思えません。現実を抽象化して理論化し、理解を深めるというのが分析者の立場だ通しても、あまりにも現実との齟齬が大きすぎるように感じます。

以上のように考えると、日銀の政策運営だけを理由として円高が進むにしても自ずと限界はあるように思います。もちろん、今後はFRBの複数回の利下げを受けてドル/円相場が押し目を探る時間帯も少なからず期待はできるでしょう。しかし、かねて論じているように、その押し目は決して深いものではないと考えます(その理由は経常収支の構造変化などを取り扱った過去のnoteでしつこいほど議論してきた通りです)。

結局、日米金利差の顕著な縮小が難しく、需給環境においても円売り超過が続く以上、年内のドル/円相場は140円を割り込むことも難しくなっているように思えます:

今回、事前にリークを重ねたことで日銀発の円高材料を無為に費消された感があり、その分、下値は切り上がってしまった可能性は否めません。

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