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ブレグジットQ&A~今、何が起きて、起こりそうなのか?~

改めて整理する英国のEU離脱(ブレグジット)の現状と展望
 金融市場の注目は米国大統領選挙は元より、トランプ大統領の新型コロナウイルス感染も相まって米国政治情勢へ注がれています。しかし、欧州に目をやれば、2021年以降のEUと英国の「新たな関係」を規定するための協議が全行程を追えたにもかかわらず、結局、合意点を見出せていないという現状があります:



もはや金融市場はこれを「いつものこと」と受け止めているようにも見受けられますが、これから起ころうとしていることは決して軽視できるものではありません。ブレグジットの現状と展望に関し、Q&A方式で重要と思われる論点を整理しておきましょう。

Q1. 現状までの経緯を簡単にまとめると?
英国は今年1月31日でEUを離脱しています。しかし、激変緩和措置として2020年12月31日までは移行期間が設定されています。移行期間中の英国は関税同盟かつ単一市場の一員として残留するので、貿易取引に関税はかからず、人の移動も自由です。また、EUが第三国と締結している自由貿易協定(FTA)も英国に適用されます。すなわち、移行期間中は英国およびEUの市民が離脱を実感することは殆どありません。この移行期間は12月31日で終わり、2021年1月1日から名実共に離脱が実現しますが、それまでに用意が必要だった「新たな関係」はまだ議論中です。

「新たな関係」のための協議は3月の第1ラウンドから10月の第9ラウンドまで予定スケジュールを終えました。しかし合意そして発効への道筋は未だ見えません。10月15~16日に開催されるEU首脳会議までに合意可能というジョンソン英首相の青写真でしたが、多くの関係者が予想したように、複数の、しかも小さくない対立点が残されています。このままでは「12月31日をもって合意なき離脱」が最悪シナリオとして残されており、これを回避するために両者が試行錯誤する段階です。「合意なき離脱」シナリオでは2021年初頭から英国とEUが互いに何ら特別扱いをしないWTOルールだけに則った関係に陥ります。関税同盟と単一市場という非常に緊密な関係からの落差はとてつもなく大きいものであり、コロナショックで疲弊する実体経済へのとどめとなる恐れが相当あります。

Q2. 移行期間の延期はできないのか?
本来ならば延期は可能でした。今年6月30日までに英国がその意思を表明すれば、英国とEUの合同委員会が協議した上で延期することができました。しかし、ジョンソン政権は6月の早い段階でそれを拒否しています。移行期間は経済・金融面でのショックを回避できますが、その代償として「EUの一員」として振舞うことが求められます。EU規制にも従うし、EU予算も拠出する必要があります。まさに「名ばかり離脱(BRINO:Brexit In Name Only)」と揶揄される状況です。首相就任以前から離脱強硬派(hard Brexiter)として鳴らし、就任後の2019年12月の総選挙もその姿勢で勝利した以上、わざわざ自分の意思で延長を要請するのは政治家としての矜持に障る部分があったことは否めないでしょう。

こうした経緯に鑑みれば、2021年1月以降に関し、英国が懇願する形で年単位の延長が実現することは難しいと考えられます。しかし、後述するように、円滑に協議が進んで「新たな関係」で合意できたとしても、もう物理的に時間がありません。「新たな関係」を規定する協定が発効するまでの準備期間として多少の移行期間(とは呼ばない可能性は高いでしょうが)を設けることは考えられます

Q3. 今後の予定は?
欧州委員会は10月3日公表の声明文で「英国およびEUは将来の戦略的関係の基礎として、合意に到達することの重要性で一致した」と述べた上で「漁業、公平な競争条件、ガバナンスの分野において著しい溝(significant gaps)が残されている。これを埋めるために、ジョンソン首相およびフォンデアライエン委員長はそれぞれの首席交渉官に集中的に協議するように指示し、定期的に意見交換すること(speak on a regular basis)で合意した」としています。対立色が薄まったようにも見られるが、要するに「何も決められなかったので頑張ります」ということでしょう。

現状、ジョンソン首相の姿勢は相変わらずであり、首脳会議で決裂すれば「合意なき離脱」で構わないという風情である。しかし、ロックダウンまで再検討される現在の英国の感染状況を踏まえれば、それが意図的な瀬戸際戦術だとしても、「合意なき離脱」をちらつかせている場合ではありません。いたずらに人心の不安を煽ることは許されない局面であり、事実、ジョンソン政権の支持率は大幅下落しています。先日は英与野党党首の支持率が遂に逆転したそうです:

いくらジョンソン首相が強がっても10月15~16日のタイミングで協議が打ち切られることはなく、少なくとも10月いっぱい、真っ当に考えれば11月以降も継続されるように思います。

Q4. 現在、最大の対立点は何なのか?
残された対立点は複数あるのですが、現在、最大の対立点とされているのが国家から企業に対する補助金にまつわる論点です。これは上述の声明文にも言及がある「競争条件の公平化(the level playing field)」の議論です。EUには国家救済規則(State Aid Rule)というものがあります。これは国家による補助(金)が域内における公正な競争に歪みを与えるのを防止するという競争政策上の規制で、全産業を対象としています。この規則の下、EU加盟国においては、政府が企業救済を行う際に微細な条件が設定されており、救済を承認する最終権限は欧州委員会に委ねられます。

EUは「新たな関係」でも、この国家救済規則を英国に遵守させたい意向で、それがFTA合意の条件と主張しています。EUからすれば当然の発想でしょう。EUを離脱した英国がFTAを締結しつつ英国企業を自由に救済できれば、政府の補助を受けた英国企業が強い価格競争力の下、低い関税を所与のものとしてEUへ輸出を増やす展開が予想されます。基本的にブレグジットというテーマでは英国の身勝手さばかりが目立ってきましたが、この国家救済規則はEUの独自色が強い規制でもあり、これを押し付けるのは若干無理筋にも思えます。しかし、今のところ、EUが退く様子はありません。


対立点はほかにもあります。声明文でも言及される通り、当初から大きな争点になると言われていた漁業権の割り当て問題もやはり解決していません。漁業権問題に関しては以下の拙コラムを参照頂きたいと思います。

直近の報道によれば、英国は現行の漁業権割り当てを3年間継続した上、その間に新しい割り当ての在り方を協議するという妥協案を示したようですが、EUは了承していないようです。いずれにせよ、現在残っている対立点は相応に大きなもので、その上で後述するアイルランド問題の蒸し返しまで発生しているのが現状です。早期決着を期待するのは難しいように見えます。金融市場の市況解説でも漁業権という言葉を見るようになりました:


Q5. EUが英国を訴追したというのはどういうことか?
以上のような対立に加え、9月9日、英国下院に提出された国内市場法案が物議を醸しています。同法案は英国内でも中央政府と地方政府の権限範囲を巡る議論に発展しており、大英帝国の分裂といった穏やかならぬ懸念も浮上していますが、今回は英国外への影響、すなわち「EUとの離脱協定を一部反故にする法案」という側面に着目したいと思います。

周知の通り、英国(主にメイ前政権)とEUが離脱協定案を交渉し、合意するに当たって最後まで争点となったのがアイルランド問題でした。端的には、「英国との一体性」を重視し、北アイルランドも英国と一緒に完全にEUから切り離された場合、EU加盟国であるアイルランドとも完全に分断されることになります。ここでアイルランドと北アイルランドの国境に物理的国境(いわゆるハードボーダー)を如何に設置しないで済ますか、というのがアイルランド問題の核心でした。これは①「ハードボーダー回避」、②「英国一体としての離脱」、③「完全な離脱(関税同盟からも単一市場からも抜ける)」の全てを実現することはできないというブレグジット・トリレンマとして知られる難題で、これこそが離脱協定がまとまらない元凶でした。この点は長くなるので今回は詳述を控えます。

今、問題視されている国内市場法案では、国際法である離脱協定でようやく折り合いをつけたはずのアイルランド問題に関する条項を英国の一存で変更できるとしています。この離脱協定への露骨な違反を受け、EUは10月1日、英国へ告知書の送付を決断し、1か月以内にしかるべき対応をとらない限り、欧州司法裁判所に提訴するとの意思表示をしています。あれほど苦労した、しかも離脱協定が合意に至る前の「最後の砦」だったアイルランド問題を何故こうもあっさり反故にしようとするのか。理由はよく分かりません。支持率低迷を受けたジョンソン首相の反EUアピールなのかもしれないし、元から遵守するつもりはなく直前で反故にする算段だったのかもしれません。どちらもあり得る話ですが、どちらも確証はありません。ただ、本意がどうであれ、EUとしては取り合う気も失せるほどの愚行に違いないでしょう。

同案が「新たな関係」を協議する上で障害になるという見方もありますが、これはあまりにも「今更感」のある話です。「EUが英国を訴追」という文字面は仰々しいですが、本件が協議の頓挫に繋がる可能性は高くないように思えます。

Q6.これから一番あり得る展開は?
事態は混迷を極めていますが、これから起きるシナリオは3通りしかありません。それは①年内に「新たな関係」で合意する、②移行期間延長で協議継続する、③「合意なき離脱」で腹を括る、の3つです。③は最悪ですが、コロナショックで疲弊する最中、この選択肢を採るほど当局者は愚かではないでしょう(と祈っておきます)。

長く欧州をウォッチしてきた経験から言えば、実際は「①と②を足して2で割る」というような道が選ばれる可能性が高いと思います。何でも「間を取れば正答になる」と考えるのが欧州の悪い癖です。

コロナショックで実体経済が疲弊する今、早期合意の下、現状からの変化幅を極小化することが双方にとって最善であることは間違いないでしょう。その意味では①がメインシナリオです。あまり注目されることはありませんが、「新たな関係」は経済関係のパートナーシップだけではなく、安全保障のパートナーシップや各種制度枠組みも対象とします。その意味で「FTA交渉+α」という性質を持つのですが、恐らく「+α」の部分まで含めて議論を続け、年内合意・年明け発効へと持ち込むのは時間的にもう厳しいでしょう。ここでEUが交渉、合意、発効に持ち込む権限があるのは経済関係のパートナーシップ部分だけであることが重要になります。それ以外は加盟国に権限があるため各国議会の批准手続きが必要になります。相応に時間を食うことになります。まずはFTAとしての合意を目指し、それ以外の部分は継続審議とするという手もあるでしょう。しかし、FTAとて本来は年単位で交渉が行われるものですから、年内合意でも異例のスピード感です。拙速に合意しても2021年以降、各所で詰めの甘さが露呈する可能性は否めません。上述した国内市場法案を巡る騒ぎを見る限り、その懸念は消えません。

FTAだけに集中するシナリオにしても、2021年1月1日から発効というのは時間的に不安があります。上で「①と②を足して2で割る」というシナリオに言及したのは、FTAで合意しつつ、その導入は2021年3月や6月という準備期間という整理にするのではないかという意味です。重要な経済関係の交渉がまとまっている上での多少の期間延長であれば、双方納得感が持てるでしょう。

とはいえ、関税同盟と単一市場の一員だった時代と比べれば、当然、ヒト・モノ・カネ・サービスの流れは悪くなるはずです。そういった意味で2021年こそが「ブレグジット元年」として人々が実感する年になるのではないかと思います。


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