「ため(for)」を視野に入れたビジネス
名門ユニチカが繊維ビジネスから撤退するとの日経新聞の記事を読むと、いかにも繊維産業は終焉を迎えたかのような印象を与えます。
しかし、もちろん繊維が人類から見捨てられているわけでもなく、繊維なしに人々の生活は成立しません。たまたま今週、京都・丹後の繊維事業者さんたちとロンドン、パリ、ミラノを回わったので、繊維ビジネスの何を見ていくのが良いのか?をお話しましょう。鍵は「ため(for)」です。
京都・丹後のテキスタイルでインテリアの可能性を探る
以下のForbes JAPANの記事で書いたように、京都府の案件で繊維ビジネスの新たな道を切り開く術を探っており、丹後の繊維事業者たちがイタリアのテキスタイルメーカーの経営者やミラノ工科大学でインテリアデザイン、ファッションデザインに関わる研究者や学生と交流を重ねる機会をつくってきました。
丹後では京都の着物需要に依存した繊維産業が続いてきたわけですが、着物だけに頼らないとすると何処に目を向けるか?です。ファッションや産業資材との世界もありますが、外部チームが提案したのはインテリア市場です。
ファッションと比べてインテリアは中長期的視野で戦略を練ることができ、加えて日本の住空間を見ているだけでは分からないふんだんにテキスタイルを使う生活様式・感覚がヨーロッパにはあり、それに基づいたマーケットが厳然とあるからです。
その結果、この4月にはミラノデザインウィーク中にC&C Milanoというイタリアのインテリアデザインメーカーのミラノショールームで丹後とイタリアのテキスタイルの交流をテーマとした展覧会を行いました。その様子や訪問者の上々の反応を記したのが上の記事です。
何を三都市で見て欲しかったか?
前述しましたが、ヨーロッパの住空間におけるテキスタイルは日本でのそれよりも重要です。日本での生活様式も大きな変化を遂げているので比較の指標として不適切な点もありますが、想像のしやすさから比喩的に表現するならば、日本での襖や障子がすべてテキスタイルに代替されるのがヨーロッパの住空間です。
日本の住空間でテキスタイルとはカーテン、クッションカバー、ベッドカバーなどがすぐ思いつく適用箇所です。
しかし、ヨーロッパのカーテンは陽射しを遮るとの機能もさることながら、空間を装おうものとしてあり、カーテンレールも窓のトップではなく高い天井に設置することも珍しくありません。また、空間の仕切り、テーブルクロス、チェアやソファーのカバー、ホテルなどでのベッドの天蓋と数々にあります。つまり、布地の使用量が格段に違います。劇場の舞台装置のひとつのような感じです。
各都市のなかにインテリアビジネスが集中するゾーンがあり、そこには数々のショールームや店舗があります。ミラノサローネ(ミラノ国際家具見本市)のような短期的なプロモーションの場だけでなく、都市のなかにインテリアビジネスがシステムのなかに組み込まれているのです。
まず、このシステムの存在感を日本の関係者の皆さんに認識いただきたいと考えました。そして、そのシステムにおいてテキスタイルのショールームが大切な役割を果たしているのを知っていただきたいのです。
また、システムの組み込まれ方が都市によって違う。ロンドンではテムズ川近くのデザインセンターに130のショールームが入っているコンプレックスがあり、そこではプロの人たちがインテリアデザインに必要な600のブランドの商品がカタログ的に実際に見られます。
パリのサンジェルマン地区にもトップのブランドが軒を連ねている地区があります。そしてミラノはパリよりもさらにショールームがばらけますが、それらのショールームを見て歩けば、インテリアデザインの動向がみえてきます。
三都市で共通点と差異点を知る
これらの3つの都市に共通しているのは、国際的なメディアに紹介されるような建築物の設計やインテリアデザインを手掛ける影響力ある建築家やデザイナーのスタジオがあり、いわばインターナショナルサーキットの一部である、ということです。
別の言葉を使えば、インテリアデザインのコミュニティがそれぞれの都市にあり、お互いに都市間で情報交換がしやすい環境ができています。同じテイストのデザインが国を越えて流通しやすいのは確かです。が、かといって均一になるわけではなく、やはりローカルテイストの差はデザインの方向を左右します。
そこで今回のリサーチ及びプレゼンテーションはロンドン、パリ、ミラノのC&Cミラノのショールームを訪ね、各都市の顧客をよく知るスタッフに日本から持ってきた生地を見せながら今後どのような製品を開発すべきか、とのアドバイスを受けました。C&Cミラノはこれらの都市以外にミュンヘンやニューヨークにもショールームがありますが、スケジュール上、3都市に絞りました。
それでも十分に共通点と差異は見えてきます。
何がマインドセットとして必要か?
日本の産業初期を支えた繊維はその後の自動車などの組み立て産業に道を譲り、産業資材として下支えする役割をおってきた。他方、衣料品分野での繊維は中国などに対抗する力をもてなくなったため、その下支えの分野をうまく確立できなかった企業は苦境に陥った―というのが、冒頭のユニチカの推移です。
確かに、大きな規模の産業分野としてはその構図の把握は正しいのでしょう。だが、中規模以下の産業分野としてみるとかなり違った景色が展開されており、そこに戦略的にアプローチする価値は十分にある、というのが今回の旅の狙いです。
その場合、この手の話でよく出やすい「日本的テイスト」「細かい職人技」にだけ活路を見いだそうとするのは自らの行く手を狭めるだけです。以下の記事で触れましたが、「日本的」「職人技」をスペックの一項目として捉えている限り、その先に心躍る風景は広がらないでしょう。
それでは何が必要なマインドセットなのか?
全く偶然なのですが、今日(11月28日)、ミラノサローネのプレス発表があり出席して聞いた言葉が、京都・丹後のテキスタイル事業者にも通じると思ったのです(プレス発表そのものは、ミラノのデザインエコシステムに関する調査結果の発表です。これについては別に記事を書きます)。
ここで創造都市の提唱者であるチャールズ・ランドリーが次のように話したのです。
「ため(for)」への重心移動という話は最近いろいろな人が話すのですが、ランドリーの話を聞きながら、これは今週ご一緒した京都・丹後の人たちのマインドセットにも求められることではないか?と思いました。
テキスタイルを巡る国際コミュニティのためにどう貢献するか?です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
冒頭の写真はパリのカルティエ財団現代美術館で開催されているオルガ・デ・アマラルの展覧会。彼女はコロンビア出身のテキスタイル・ヴィジュアルアーティスト。