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気候変動とニュース〜環境ドキュメンタリーの可能性 / ロイタージャーナリズム研究所『デジタルニュースリポート』2022より

毎年6月に公開されるデジタルニュース業界における毎年恒例の調査レポート、英オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所による「Digital News Report 」の2022年版が先日公開されました。

このレポートは今年で11年目を迎え、世界6大陸46市場、9.3万人を対象にした大規模で包括的な調査という点で、メディア業界の中ではよく知られています。今年からNHK 放送文化研究所がこの調査 に協力しているとのことで、日本目線での簡易レポートも公開されてます。
→『世界で“ニュースへの信頼”低下 日本では信頼は上昇するも関心は低下

「ニュース消費の今」に興味のある方であれば一見の価値がある内容となってます。ただ、今回はレポートの中の特集コンテンツである『気候変動に関するニュースへのアクセス方法と考え方(How people access and think about climate change news)』を取り上げ、レポートの一部をご紹介したいと思います。気候変動とニュースに関するテーマは実は2020年版のレポートで初めて個別に取り上げられ、今回はその後の調査をまとめた形となってます。

テーマとしての「気候変動」は今日重要な問題にも関わらず、メディアとしてこのテーマをどう報じるかに関しては難解で憂鬱な印象を与えていること、理解するのが難しく、また政治的に扱われていることもあり、読者・視聴者の注目を集めるのにとても苦労していることがよく問題になっています。

レポートではいくつかのデータ・グラフが紹介されていて、新しい発見が得られます。

気候変動に関するニュースへの関心

国ごとにおける気候変動に関するニュースへの関心度に関して、ラテンアメリカ、南ヨーロッパ、アジア太平洋地域のいくつかの市場で、気候変動に関するニュースへの関心が最も高いことが伺えます。日本は42%と平均的ですが、米国では30%と、関心がとても低くなっていることに驚かされます。

Digital News Report 2022年版~「気候変動に関するニュースへのアクセス方法と考え方」より

政治的な偏向によって異なる気候変動関連ニュースへの興味

レポートでは、このような地域や国レベルでの関心の違いを生み出している要因のひとつとして、政治的な偏向が挙げられてます。政治的な左派と右派の関心の差が大きい市場では、気候変動に関するニュースへの関心が全体的に低くなってます。例えば、気候変動ニュースへの関心が最も低い米国では、政治的な左右差は41ポイントであり、右派の関心の低さが全体の関心度を下げていることが伺えます。日本は2ポイントのみです。
また、気候変動そのものの影響も、調査結果に影響を与えている可能性も指摘されてます。例えばギリシャとポルトガルは近年、壊滅的な山火事に見舞われ、チリは深刻な干ばつに悩まされ続け、気候変動が「目に見えやすい」状態になっていることが紹介されてます。

Digital News Report 2022年版~「気候変動に関するニュースへのアクセス方法と考え方」より

気候変動に関するニュースの発信源

気候変動に関するニュースについて、人々が最も注目しているのはどのような情報源なのか、データが示されてます。調査全体では主要な報道機関(33%)よりもドキュメンタリー番組(39%)に注目していると答える人の方が多いことが示されてます。ただ、例外として、日本ではドキュメンタリー(27%)よりも主要な報道機関(41%)に注目していると答えた人の割合が多い結果となっています。

Digital News Report 2022年版~「気候変動に関するニュースへのアクセス方法と考え方」より

レポートの中で紹介されているドキュメンタリー作品として、気候変動に世界的な注目を集めた2006年のアル・ゴア監督の「不都合な真実」や、その後BBC(ブループラネットなど)、Netflix(Seaspiracyなど)、ディズニー+(Elephantなど)が制作した数々の自然ドキュメンタリーなどが挙げられています。これらの映画やテレビシリーズは、必ずしも気候変動がテーマではないものの、見事な映像に説得力のあるストーリーテリングと環境メッセージを組み合わせ、何百万人もの人々に届けられています。Netflixによると、デヴィッド・アッテンボロー氏がナレーションを務めるシリーズ「Our Planet」は、2019年の公開以来、1億世帯にリーチしているそうです。

主要な報道機関に向けられた関心を掘り下げてみると、米国やオーストラリアなど、関心と注目が偏っている市場では、気候変動に関するニュースの利用率が低いことが示されています。これらの市場では、ノルウェーとともに、気候変動にまったく関心を示さないという人の割合が最も多く、この高い数字は主に政治的右派の人々によってもたらされていると分析されてます。米国では政治的右派の半数(49%)が気候変動にまったく関心がないと答え、オーストラリア(34%)とノルウェー(31%)では3分の1となっています。これに対し、ポルトガルとチリの政治的右派では、関心を持たないと答えた人はわずか5%だそうです。

Digital News Report 2022年版~「気候変動に関するニュースへのアクセス方法と考え方」より

実際、米国、オーストラリア、その他の市場の比較は、両極化した政治とメディアの報道が、問題としての気候変動への関心と注目を低下させる役割を担っていることを如実に示していることも指摘されてます。米国とオーストラリアでは、近年、山火事、干ばつ等、気候変動の影響が目に見えて現れているにもかかわらず、情報源に対する関心が全体的に低くなっています。対照的に、ギリシャやチリなどの国では、視聴者の偏向がそれほど進んでいないようで、注目度も高くなっているそうです。

年齢による情報源への注目の違い

年齢による情報源への注目の違いも興味深いデータが示されてます。多くの市場で、35 歳未満の回答者は、35 歳以上の回答者に比べて、気候変動に関するニュースについて、有名人、ソーシャルメディアの有名人、活動家に注目していると答える割合が 2 倍から 3 倍になっています。いわゆる「グリーン・インフルエンサー」は、気候変動と社会正義の問題との関連性に注目し、オンラインで多くの支持者を集めていることが指摘されてます。
TwitterやInstagramで数十万人のフォロワーを持つウガンダの気候変動活動家Vanessa Nakate氏

・チャンネル登録者数370万人の環境派YouTuber Jack Harries氏

・ホワイトハウス・アドバイザーである若手気候変動活動家Jerome Foster氏は4万1000人を超えるInstagramフォロワーを抱えています。

気候変動に関する報道においてスタンス(立場)を取ることについて

若者はスタンスを、シニア層は事実を自分で判断したい
今回の調査では英紙ガーディアンが「気候危機」に対してより多くの行動を呼びかけることや、環境問題に対して明確な活動家の立場をとる多くのドキュメンタリーに代表されるように、問題に対してより明確な立場をとることに対して考え方の違いについても分析がされてます。

地理的にはラテンアメリカ、南ヨーロッパ、そしてアジア太平洋地域のいくつかの市場では報道機関が気候変動対策を支持する立場をとることによりオープンであることが伺えます。一方、北欧、西ヨーロッパ、北米の市場では、公平性を支持する回答が多数派を占めています。ドイツ(45%)、ノルウェー(44%)、米国(42%)の回答者は、報道機関がさまざまな見解を反映し、何を考えるかは自分たちに委ねられることを望むと回答しています。
年齢層による考え方の相違に関しては、若い世代ほど報道機関は気候変動対策を支持する明確な立場を取るべきだと考えています。全市場において、18-24歳の43%がそう考えているのに対し、55歳以上では34%にとどまっています。55歳以上の人々は、報道機関が公平な立場を取ることを支持しています。

Digital News Report 2022年版~「気候変動に関するニュースへのアクセス方法と考え方」より

報道しにくいテーマとしての気候変動。環境ドキュメンタリーから学びの可能性

今回の調査結果をまとめとして、気候変動に関するニュースの傾向は、政治、年齢、気候変動そのものの影響などの要因によって左右されることが示されてます。その上で、ニュースのトピックとしての気候変動に対する関心や注目度は、国によって政治的にかなり偏りがあり、政治的に右派の人々の多くが注意を払ってない傾向が伺えます。保守的な政治家とオルタナティブ・メディアは、このような状況において重要な役割を担っています。特に保守派が気候変動を「左翼」の政治的問題とみなし、報道機関が反対の立場をとることを嫌う場合、報道機関にとってこの重要な視聴者層をどのように取り込むかが難しい問題であることが指摘されてます。

最後に、今回の調査を通じて個人的に印象深かったのは、環境ドキュメンタリーの可能性が指摘されている点です。日本国内では例外的に他の国に比べ主要ニュースのほうが視聴されてますが、明確なストーリーとビジュアルを提供する作品は普段馴染みがない、体感しにくい問題に対し、分かりやすく考える視点を提供してくれるのではないかと感じています。

明確なストーリーと魅力的なビジュアルを提供する多くの環境ドキュメンタリーから学ぶことができるかもしれません。

Digital News Report 2022年版~「気候変動に関するニュースへのアクセス方法と考え方」より

Netflixがこの春アースデイに併せて公開した地球環境やサステナビリティに関連した作品コレクション「ひとつの世界、無限の驚き」等はとても参考になりそうです。

Netflix 「ひとつの世界、無限の驚き」

英テレビ業界が支援するグリーンプロジェクト「アルバート」の報告書が上記記事では紹介されていて、英国の6つの放送局(毎日のニュース番組を除く)において気候変動や地球温暖化に触れた回数の増減等も測定されてます。先日公開された2021年の活動を振り返る「アルバート」の年次報告書においても、作品の中での言及数、紹介されている事例等が紹介されてます。

英テレビ業界が支援するグリーンプロジェクト「アルバート」年次報告書より

以上、いかがでしたでしょうか?個人的には新しい発見が多く得られたレポートと感じました。気候変動関連のニュースの消費行動と同時に、先日ブログでご紹介した以下講演録でも延べられているように、ニュースを提供する報道機関、ジャーナリストも大きな課題、新しい挑戦が求められているようです。今後も継続的にこのテーマに注目していきたいと思います。


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