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イタリア「職人文化」のビジネスロジックを考える

職人文化とビジネスの関係ってどうなのでしょう?世界各国、それぞれに職人の定義や文化は異なるので、一概に語れません。というのもイタリアと日本の間でも大きく異なります。ただ、一つ言えるのは、イタリアの職人のロジックを使うと、工芸分野だけでなく工業製品の中規模生産のビジネスが成立しやすくなる、ということです。

『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』という本を書きました。

「Made in Italy」をグーグルトレンドでチェックすると、ドイツやフランスの欧州対抗馬よりもなぜ平均的に上位にくるのか?各国のアマゾンに「Made in Italy」というカテゴリーがあり、他の国の同様の生産品はハンドメイドというカテゴリーにまとめられているのか?「Made in Italy」が英語の書籍で使われる頻度が上昇気流にあるのはなぜか?

これらの疑問に迫っていくと、イタリアの企業は「意味のイノベーションが得意」「アルティジャナーレ(イタリア文脈の職人文化:artigianale(職人らしい、という形容詞)の使い方に戦略性がある」という2点が浮かび上がってきます。「意味のイノベーション」はミラノ工科大学やストックホルム経済大学でイノベーションやリーダーシップを教えるロベルト・ベルガンティ(彼の著書『突破するデザイン』をぼくは監修しています)が提唱する内容であり、これと並行して、アルティジャナーレと二本立てとなることでパワフルな力を発揮しています。意味のイノベーションについては既にいろいろなところで書いているので、このコラムではアルティジャナーレについてフォーカスします。

アルティジャナーレを懐古のためではなく、デジタルトレンドも踏まえた将来への戦略としてイタリアでは議論されていると説明するのは、ヴェネツィア大学経営学のステファノ・ミチェッリです。それからパドバ大学経営学部でメイド・イン・イタリーのあり方を研究するマルコ・ベッティオールの言説。この2人の見方を本では書いています。

これらの具体例として、「メンズファッションの隆盛」「テキスタイルメーカーにおける審美性」「プロセッコがシャンパンを生産高で抜く」「スローフード財団が世界にプライベートの原産地呼称制度を普及」「モレスキンのコンセプトの秀逸性」「EUの文化政策による戦略の洗練さ向上」といったアイテムを、ぼくの取材結果として本では紹介しています。

それでは、アルティジャナーレが中規模生産ビジネスとして成立するロジックとは何か?です。

まず、根底には「エラスティコ(ゴムのように柔らかい)」を第一優先にするメンタリティがあり、そのために生産体制における「変化の幅」への許容範囲が広いということがあります。一方で、商品の差別化を自分の存在価値であると認識するイタリアの企業人にとって、生産工程における手作業を、差別化のための大切な要素としてみなすのです(日本でありがちな「家内制手工業」や「遅れている」という見方から距離をもちます。日本の職人が完璧な品質を第一義にする傾向があるのに対し、イタリアの文脈では生産効率から歩留まりの考えをとる、という一面もあります)。

また、アルティジャーノ(職人)はartigianoと表記し、そこにはarte(アート)との同根であることを意識します。ご存知のように、例えばレオナルド・ダ・ヴィンチの工房は、都市計画から絵画に至るまでさまざまな領域をカバーしていたわけですが、そこに職人と芸術家という区分はなく、その区別は欧州近代のファインアートの成立に依ります。

20世紀はじめ、ドイツにできたデザインの学校・バウハウスの創始者であるグロピウスも「パワフルなアルティジャーノがアーティストである」と言ったくらいですから、アルティジャーノがビジョンをもつ人という解釈があって(これは、現代ではアーティストの役割と考えられやすい)当然です。

他方、「量産」という言葉がもつイメージも違い、日本で大企業の大量生産を最初にイメージするのとは異なり、ある期間である仕様のものを一定数作ることを量産イメージとするから、アルティジャナーレをベースとした数量を量産とみなしやすいということもあります。

以上のような点からすると、パーソナリゼーションが盛んに求められるなかで、中規模生産というコンセプトが成立しやすくなります。これがもつ意味は大きく、大企業がパーソナリゼーションを狙っても(つまりは量を減らして質を上げる)なかなか面白みのあるものが出来にくいですが、アルティジャナーレベースならば面白みのあるパーソナリゼーション(つまりは質を維持して量を増やす)の実現性が高くなります

詳細は本を読んでいただきたいですが、日本の特に中堅以下の企業のイノベーションのヒントになればと考えています。


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