「ヒルドイドの自己負担増加」が注目されることで抜け落ちる、本当に考えるべき「論点」とは
皮膚炎などの治療のために、保湿剤として使われる「ヒルドイド」が10月から自己負担引き上げが話題になっています。
ヒルドイドとは「ヘパリン類似物質」を有効成分とする、血行促進・皮膚保湿剤です。ヒルドイド関連製品は皮膚薬大手の「マルホ」が販売しており、アトピー性皮膚炎を抱える人の保湿剤として良く用いられています。
記事ではヒルドイドを利用している患者から「なぜこのタイミングで負担が増えるのか」といった問い合わせが患者団体などに相次いでいると報じ、さらに「今回の自己負担増は厚労省にとってようやく対策が実現したことになる。」と、厚労省がヒルドイドを「狙い撃ち」にしたような記載が見られます。
が、これには違和感があります。記事にも記載されていますが、厚労省が10月から自己負担の引き上げを予定する医薬品は1095品目もあり、そのなかにヒルドイドが含まれているだけです。
引き上げの狙いは、ジェネリック医薬品と呼ばれる、医薬品の有効成分の特許が切れた後に製造される安価な後発薬の普及を後押しすることです。
10月から、「後発薬がある先発薬を、患者の希望で使おうとする場合」などには、自己負担が引き上げられる
医薬品のうち、最初に発売された薬(先発薬)には、高い薬価(薬の値段)が付けられます。薬を開発した医薬品メーカーなどが、かかった開発費などを回収する必要があるためです。
一方で、医薬品の有効成分に関する特許期間が切れた後、同じ有効成分を使った薬を別のメーカーが出す場合があります。これを後発薬(ジェネリック医薬品)と呼び、開発費がかかっていない分、低い薬価が付けられます。
「有効成分が同じなら効き目もだいたい同じ。だったら安いほうがいいのでは?」と思いますが、医薬品の使い勝手は有効成分のみで決まるわけではありません。薬の形や有効成分以外の材料の工夫などによって、飲みやすさなど使いごごちは変わります。実際、メーカーによっては、この部分にもかなりの工夫をしているケースが少なくありません。先発薬から後発薬に切り替えた場合、「これまでと使いごごちが違う」と感じるケースもあります。
そして患者側の立場からすると、それまで慣れ親しんだ先発薬から、いくら安いと言っても後発薬に切り替えるのは抵抗がある場合もあります。
特に高齢者で自己負担が1割だったり、小児の医療費が無料になっている自治体に住んで自己負担が必要ないケースでは、「ちょっとでも良いものを」と先発薬を選びたくなってしまうこともあります。
こうした事情から、患者側が後発薬への切り替えを望まなかったり、いちど切り替えても、「先発薬に戻してほしい」と要望することも少なくありません。
その気持ちもよくわかる一方で、いま国の医療費が増加を続ける中、適切なコストカットは必要という議論もあります。そこで厚労省は、先発薬のうち後発薬が発売されてから5年以上たったものや、後発薬への置き換え率が50%を超えているものは、先発薬と後発薬との差額の4分の1を自己負担とすることにしました。
ヒルドイド関連製品では、例えばマルホが販売する「ヒルドイドローション」の後発薬として「ビーソフテンローション」「ヘパリン類似物質ローション」などの名前の製品が存在します。ですので、今回、後発品が存在する1095品目の一つにリストアップされることになった、というわけです。
(なお、医師が治療のためにどうしても先発薬が必要だと判断した場合はこれまでと同じ自己負担で購入することが出来ます)
というわけで、冒頭でご紹介した記事において、ヒルドイドを厚労省が「狙い撃ち」にした、という読み取られるような書き方がされているのは、少しミスリーディングなのではないかと個人的には思います。
ヒルドイドに関しては、そもそも人気がある身近な医薬品であり、市販品と処方薬の価格差を理由に不適切な処方を薦めるような動きが過去に問題化したことなどもあって、注目されたということでしょうか。
一方で個人的には、今回の厚労省の施策に関して、「ヒルドイド」だけが特別視されることで、抜け落ちてしまう論点があると感じます。
長引く「後発薬」の供給不安
最近、後発薬品メーカーの品質不正などに端を発し、医薬品の供給が滞る状態が長く続く事態が起きています。2023年の秋から冬、コロナやインフルエンザが流行する中、咳止め薬や解熱剤などの供給不足が長引き、処方を受けられなかったケースもあることを、報道などで目にした方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この記事では供給不安の背景に、国による後発薬普及の「急ぎすぎ」、そして国内における後発薬品メーカーが「少量多品目」を生産している状況、そこに中国やインドなどから輸入していた原料の故湯汲問題が追い打ちをかけたことを指摘しています。
後発品は価格が低い、すなわち1つの医薬品を販売した際の利幅が少なくなります。それもあり、国内の後発薬メーカーはいわゆる「少量多品目」、すなわちをさまざまな種類の医薬品の後発薬を少しずつ作る、という傾向があると指摘されています。
少量ずつ多品目の医薬品を製造する場合、品質の維持や製造工程の管理などが複雑化します。そして管理しきれず、品質不正などが発生してメーカーが業務停止などに陥った場合、様々な医薬品の供給が同時にストップし、治療現場に甚大な影響を与えるリスクも高まります。
国も不正の続出を受け、自主点検の要請や、業界の再編を求めるなど必死に手を打っていますが、こと後発薬において、医薬品の供給への不安が完全に解消されたと言える状況にはないと個人的には感じます。その状況下で、本当に1095品目もの医薬品において後発薬の普及をさらに進めることに、リスクはないのでしょうか。
もちろんコストカットの観点からは、後発品の普及は重要です。一方で、後発品の普及を進めた結果、供給不安が起きて医療が受けられなくなってしまっては目もあてられません。
ヒルドイドという、「わかりやすくて身近な」医薬品へ注目が集まるのは仕方がない部分もありますが、今回の1095品目の中に、後発品を奨励することに伴うリスクが高いものはないのか、供給網の問題や、その薬の欠品が医療現場に与える影響の大きさなどまで考えて、この施策が本当に適切かを議論していくことも必要ではないかと感じます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?