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男女間賃金格差の開示を機に、女性の労働を適正に評価しよう

私が米系ファンドのアナリストとして、日本株の分析を受け持っていた2000年代終わりから2010年代にかけて、投資対象として「割安株」を探すことが大きな命題だった。

割安株とは、事業の将来性やバランスシート、類似企業の評価から割り出す「本来の価値」に比べ、市場での「時価」が大きく劣るものを指す。そのような株こそ「お買い得」であり、私たちが投資した後に、市場がそのディスカウントに気が付きさえすれば、株価は必ず本来の価値に近づく、すなわちリターンが生まれるという理屈だ。

この割安株という概念は、日本人女性の労働に当てはまる。日本人女性の教育水準は男性に劣らず高く、非正規から事務職まで、能力の高さには定評がある。決して日本人男性に引けを取るものではない。しかし、財務省の分析によると、日本の時間あたり賃金率の男女格差は、2015年に29%あり、他のG7諸国よりも抜きんでて大きい。すなわち、日本人女性の労働は、その本来の価値よりも低く取引される「割安株」である。

万年割安株が市場機能の不備を示すように、日本人女性の稼ぎが割安に放置され続けることは、健全ではない。働いた分だけ報われる社会でなければ、割安な労働者はずっと搾取の対象となる。長期間の間にモラルは落ち、本来の能力を発揮できないだろう。すなわち、一見企業にとっては都合がよい「割安」従業員は、長い目で見れば、社会全体に不便益をもたらすと考える。

では、ディスカウントが生まれる背景は何か?株式の文脈ならば、時価総額が小さく、投資家の研究対象にならないこと、事業内容が分かりにくいこと、流動性が低いことなどが挙げられる。

同様に、働く女性という文脈では、男性中心の社会の中でマイノリティであること、出産・子育てがハンディとなり企業がキャリアに投資をする対象になりにくいこと、日本の硬直的な労働市場では働き手、特に女性の流動性が伝統的に低いことが、女性の労働価値が割安に放置される原因ではないだろうか?実際、チャイルドペナルティは男女の賃金格差の元凶として注目されている。

では、今年7月に大企業を対象に導入が決まった男女間賃金格差表示は、女性労働のディスカウントを正すきっかけになるだろうか?

サステナブルファイナンスに特化した投資・アドバイザリー会社SDGインパクトジャパンのCo-CEOを務める小木曽麻里さんは、女性の仕事内容や責任が高まっても、職位はその変化に応じて上がらず、報酬が割安に放置されるケースを指摘する。「No.2, 3を女性が固めて実質的には回している。でも、上はコロコロ変わるエリート男性」という絵図は、見覚えがあるものだ。

このような不合理を企業ごとにあぶりだすのが男女間賃金格差の開示だと、小木曽さんは期待する。英国など先に男女間賃金格差開示を導入した国では、ショッキングな結果が出た企業ほど「悪い値を出し続けられない」と、改善の圧力がかかる結果となった。特に先進的なイメージのある会社ほど、発言と実際のギャップを整合する努力を惜しまないだろう。

実は、日本人女性の「割安さ」に早くから気が付いていたのが、日本で活動する外資系企業だ。

優秀な日本人男性は、手堅い就職先として日系企業を選んでしまう。ゆえに、外資系に来てくれる優秀な候補者は女性に偏るという「仕方ない」背景があったことは否めない。しかし、ひとたび育ててみれば、潜在能力の高い女性が開花し、もともと海外本社を起点にダイバーシティ意識の高い外資系企業で経営層として活躍する例は枚挙にいとまない。日本人女性の労働を適正に評価することは、日本企業が外資系をお手本としてキャッチアップすべき分野だろう。

また、働く女性が、男女間賃金格差の開示をきっかけとして、みずからの市場価値を振り返ることも、男女間の処遇不平等を正す一歩となる。「本来の価値」を同じ勤め先、類似した条件で働く男性と比較し、場合によってはヘッドハンターを使ってでも外の見方を試してはどうか?小木曾さんは、女性にとって、黙って低い地位・報酬で男性を支えることが「美徳」と捉えられる傾向を危惧する。これでは、「割安株」が放置されるままだ。

男女間賃金格差の是正は、社会の仕組みを男性中心・女性「添え物」から、性別にかかわらず働く個人を中心としたものに移す重要なレバーとなる。今後より大きな社会問題になると予想される、高齢女性の貧困を防ぐ効果もある。開示をきっかけに、本質的な議論を期待する。

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