「健康確保は重要」だが副業の場合に「誰がどう健康確保するか」は難しい問題
厚生労働省が現在行っている「労働基準関係法制研究会」では、副業の場合の割増賃金の通算を廃止する方向性での報告書案が公表されました。
この後、最終的な報告書が出されることになり、その後労政審の議論もありますので、通算廃止になるかは確定ではありませんが、ここまではっきりと書いた報告書案が出ることは重要な意義を有するでしょう(実はかねてから同様の方向性は出ていたのですが、この点はまた別途書きます)。
同報告書では、健康確保についても以下のとおり触れられています。
複数事業労働者の労災制度
こうした中、以下のように、副業者の過労自殺につき労災認定がなされたという報道もありました。
報道ベースでしか事情は分かりませんが、記事によれば複数事業労働者の労災制度の下で労災認定がなされた事案のようです。
この制度は、2020年9月からスタートした制度であり、簡単に言えば、本業先、副業先の労働の負荷等を個別に見た場合には、労災認定がなされないような事案であっても、本業先と副業先の労働の負荷を総合して労災認定をしようというものです。
ここで重要であるのは、複数事業労働者の労災制度は、労基法の労災補償責任とは切り離されているということです。
つまり、本業先、副業先には法的な賠償責任がなくとも、保険給付を行い被災労働者を保護するという仕組みです。
したがって、今回の記事の事案では、それぞれの使用者の下での労働の負荷単体で見た場合には、法的な責任はなかった事案なのではないかと思われます(社会的な責任はあるかもしれませんが)。
健康確保は誰がやるべきか
厚労省の研究会報告書案のとおり、労働者の健康確保が重要であることは疑う余地のないところです。
しかしながら、問題なのは、”誰が”健康確保するかという点です。
「自分の健康は自分で守る」という考え方も考えようによってはあるわけですが、一社で勤務している場合には、「その会社で働いているんだから、その会社で健康確保を行うべき」というのは分かりやすいところです。
問題は副業の場合です。
「割増賃金は通算しないが、健康確保との関係では通算管理が必要」というのは、ぱっと聞くと「まあそうだよね」と思ってしまいます。
ただ、副業は労働者の自由な意思で行われるものであり、そのような行為に対して、「副業先でどの程度働いているか」ということを把握しなければならないというのは必ずしも当然ではないはずで、過剰なプライバシーの侵害とも言えます。
また、労働時間という量的な労働の負荷であれば、まだ分かりやすいかもしれませんが、上記労災の記事のように「ハラスメントがあるかどうか」というところは、客観的に把握することは困難です。
さらにいえば、「他社での労働状況の把握」をする場合、その結果として問題があった場合の対応措置まで考える必要がありますが、副業先、本業先はそれぞれ違う会社であるので、他社での労働について介入する権限がありません。
割増賃金との関係では「割増賃金を払う」ということだけでよいですが、健康確保との関係では、健康確保措置まで考えるとかなりハードルが高いように思われます。
現実的にワークする仕組みの構築を期待
私も健康確保が大事であることは当然ながら否定していませんが、副業の場合に、「割増賃金は通算なしだが、健康確保で通算」というのは、現実的な運用場面において様々な課題が出てくるだろうと思われます。
結果、運用レベルで機能しない仕組みとなると、かえって健康確保が図られない可能性もあり、現実的にワークする健康確保の仕組みが構築されることを期待したいです。