臨床検査は安心材料ではない
「心配だから検査をして欲しい」「帰省するので検査が必要だと思います」「検査をしないと出勤させてもらえない」「職業柄検査をしないと周囲の目が気になります」・・最近の診療においてこのような問い合わせが後を絶ちません。検査結果が「陰性でした」と説明すると「良かった!これで安心して・・・できる!」多くの方がこのように反応します。臨床検査が多くを占める感染症診療を20年近く行ってきてこんなにやるせない気持ちになることは初めてです。
臨床検査は専門医が必要であるから行うものであり、むやみやたらに何でも構わずすれば良いというものではありません。確かにCOVID-19では典型的な症状がない方でも検査が陽性になること(但し多くはまだ症状が出ていないあるいはウイルス量が少ないことが推測される濃厚接触者)は否めませんので、そこを突き止めるためには必要な時もあります。しかしながらそれを見極めるのは(感染症に詳しい医師ではなく)常に現場で感染症の専門診療をしている医師(多くは学会専門医)の役割と考えています。ふるいにかけていると批判をうけることも少なくはありませんが、決して検査を行うことを渋っている訳ではありません。その理由は、検査を受けた人はそれで終わりですが、検査にかかわる人(実施する人だけではなく、検体を搬送する人、検査をする人、結果を整理する人、検査室を消毒する人など)、必要な物資(試薬、感染対策用品、検査室の備品など)、検査によって生じた医療廃棄物など、1回の検査をするのに必要とされるものは皆さんが想像する以上あり、さらにそれぞれにすべてお金がかかっています。
現在の感染を評価するわけではない抗体検査が日常的に診療所レベルでも行われるようになり、時に詳細な説明もなく結果が報告されていることからか、とりあえず気軽にできる抗体検査を受けておけば安心だろうという風潮が浸透しつつあるように感じます。この影響からか、記事のような誤りが相次いでいることも事実です。
臨床検査は感染症診療の要ともいうべき確定診断への重要なツールであり、医学部学生の講義でも各学年で何コマも組まれているように、とても多くの知識を必要とします(私も大学教員でしたので臨床検査の講義を担当していました)。抗体検査の結果で出てくるIgM抗体、IgG抗体の意義などは学生の試験問題にもよく出題しましたが、正答率はあまりよくありませんでした。このように医師でも十分に理解できていないことが推測される臨床検査の意義を、一般の方々が正確に理解することは大変困難であると察します。
したがって、検査を希望する際にわからないことがあれば遠慮なく医師に質問するべきであると思いますし、もし納得する回答が得られないのであればやたらに検査をすべきではないと思います。臨床検査は正しく理解し、本当に必要な時に行うことによって確定診断への近道になり、さらには安心材料になる訳であり、検査をすること自体が安心材料になる訳ではないことを十分に理解していただきたいと思います。
*写真は抗原検査キット(陽性例)です。