なぜ東欧諸国は大量移民の受け入れを拒否するか?
英国人ジャーナリストであるダグラス・マレーの書いた『西洋の自死』という本があります。オリジナルは2017年、日本版は昨年末に出版されています。
まず、このタイトル自体で語ることは多いです。原題は"The Strange Death of Europe - Immigration, Identity, Islam" です。つまり「西洋」は原題では「欧州」なのです。本書は、欧州が多様な考え方に寛容な先進的な文化の発信地であり続けてきたスタイタスを、その存在理由によって喪失しつつある状況が詳細に記されています。
即ち、移民、特にイスラム教徒の人口がキリスト教徒の人口を上回る勢いであるー欧州が欧州である根拠はキリスト教文化を共有することであったのですが、その根拠が崩れつつあるわけです。下記はオーストリアの数字ですが、積極的に移民を受け入れてきたスウェーデンにおいても同様で、第三の都市マルメではスウェーデン民族ではない人々が半数を超え、他の都市もこのトレンドを追っていると言います。それを人種の問題ではなく、宗教的背景の違いが引き起こす問題としてマレーは多くの事実を指摘しているのです。
ウィーン人口研究所が今世紀半ばまでに15歳未満のオーストリア人の過半数がイスラム教徒になると確信した時、オーストリア国民はー他のすべての欧州人と同様ー自らの文化の終点に目をつぶるか、ただそれが来ないように願うことだけが期待された。
一方、「西洋」といった場合、近代思想をリードした西洋国家群と文化を指し示すことが多く、そうすると米国やオーストラリアといった地域も入ってきます。しかしながら、そうした「移民国家」は本書の「西洋」カテゴリーからは外れます。あくまでも欧州です。さらに厳密にいえば西欧です。
進化の事実を認める戦いは欧州では終結したと思っていた人々が、進化を信じないどころか、進化は虚偽だと証明しようと決意を固めている人々が雪崩を打ってやって来たことに気づいた。「権利」の体系(女性の権利や同性愛者の権利、宗教的な権利、少数派の権利なども含む)は「自明」だと信じていた人々が、突如として、それらは何ら自明ではないばかりか根本的に誤りであると信じている人々が急増していくのを目にした。
しかも、西欧人はキリスト教への熱心な信者であることもやめ、すべてにおいて相対主義的な態度を良しとすることを「先端的欧州人」である証しにしてきたところがあります。したがって違った宗教の人を前にしたときも、より寛容であることが自らのアイデンティティになってきたのです。以下の記述は、そうした状況を語っています。
戦後の文化となった人権思想は、まるで信仰のように自らを主張し、あるいは信奉者によって語られる。人権思想はそれ自体がキリスト教的良心の世俗版を根付かせようとする試みなのだ。それは部分的には成功しているかもしれない。だが必然的に自信を欠いた宗教にならざるをえない。なぜなら、その拠り所に確信が持てないからだ。言葉は隠れた秘密を明かす。人権を語る言葉が立派になり、その主張が執拗になるに連れて、このシステムにその大志を果たす能力のないことが誰の目にも明らかになっていく。
だからこそ多量の移民を前に西欧人の心は揺れます。欧州の哲学者でさえもが、「真実の精神や偉大な疑問の探索に奮い立つのではなく、いかにして疑問を避けるかに腐心するようになった」のです。
実際のところ、偉大な疑問を避けることが哲学の唯一の務めになったかに思えることもある。その代わりを果たすのが、言語の難しさのこだわりと、固定化されたものに対する疑念だ。まるでどこにもたどり着きたくなくて、すべてを問いたがっているかに見える。おそらく言葉と思想が導くものを恐れて、その両方の牙を抜こうとしているのだ。ここにも広漠たる自己不信が存在する。
ここに大きなポイントがあります。この脆弱な部分が大量の移民という問題に対する逃げの姿勢を導くのです。
独自の思想と矛盾を抱えた何千万人もの人々を、それとは別の思想と矛盾を抱えた大陸に持ち込めば、軋轢が生じないはずがない。彼らの同化を信じる人々は、時がたてばすべての移民が欧州人のようになると推測する。しかし自分たちが欧州人でありたいのかどうかさえ不確かな欧州人が非常に多いという事実に鑑みれば、そうなることは望み薄だ。自己を疑い、不信を持つ文化が、他者を説得して自分たちのスタンスを取り入れさせるとは考えにくい。一方、移民たちの(少なくても)多くは自分たちの確信をしっかりと保持し続けるだろうし、それどころかーいかにもありそうに思えるがー何世代にもわたって欧州人たちを自分たちへの確信へと誘うかもしれない。
このように「西欧」という地域の特徴が語られる一方、東欧諸国が大量移民に対してEU主導のやり方に大いなる反発をしています。ここに「西洋」「西欧」読解の鍵があります。
2015年夏から現在に至るまで、ドイツ政府と欧州委員会からどんな脅しや呪いを受けようと、スロバキア、ポーランド、ハンガリー、チェコからなる「ビシェグラード・グループ」は、アンゲラ・メルケルやブリュッセルとは正反対の道を選んだ。彼らはメルケルの近視眼を批判し、ベルリンとブリュッセルから命じられた移民の割り当てを頑として拒んだ。
東欧諸国はベルリンの壁の崩壊後、EU加盟を望み、経済や人の移動の自由を享受したいと願い、それが実現したにも関わらず、西欧のEU域外への人たちへの国境開放には抵抗を試みるのです。2016年3月15日、ハンガリーのビクトル・オルバン首相が革命記念日で演説した一部が示唆するところにはハッとさせられます。
大量移民は岸辺を侵食し続けるゆっくりとした水の流れです。人道主義の仮面をかぶっていますが、その本質は領土の占有に他なりません。そして彼らが領土を手に入れるということは、我々が領土を失うということなのです。物にとりつかれたようになった人権擁護派の群れは、我々を叱責したり、我々に不利な申し立てをしたりしたくて、どうにもたまらないようだ。彼らに言わせれば、我々は敵意に満ちた外国人嫌いらしい。しかしその実、我が国の歴史は人々を受け入れる歴史であり、文化をより合わせる歴史でもありました。新たな家族の一員や盟友として、あるいは命を脅かされた流民としてここに来ることを望んだ人々は、迎え入れ、新たな家族を築いてきました。しかし我が国を変化させ、我々の国家を自分自身のイメージどおりに形作ろうとの意思を持ってここに来た人々や、暴力を持ち込んだ人々、我々の意思に反してやって来た人々は、常に抵抗に遭いました。
スロバキアのロベルト・フィツォ首相も同年5月、「スロバキアにイスラム教の居場所はない」「移民は我が国の性格を変える。我々はこの国の性格を変えたくない」と語り、ブリュッセルの移民割り当てに抵抗しているのです。同じ欧州ですが、東と西がみてきた現実は違います。植民地帝国主義に対する贖罪の意識はないし、逆に旧ソ連の支配下にあった「事情」もあります。マレーの解釈は以下です。
これら東欧の国々は、その歴史の大半を通じて、西欧の国々と同じ井戸の水を飲んできた。しかし彼らは明らかに異なる態度を身に着けている。おそらく東欧は西欧のような罪悪感を抱えていないか、またはそれに染まっておらず、世界のすべての過ちが自分たちのせいかもしれないなどとは考えなかったのだろう。あるいは西欧の国々を苦しめた倦怠感や疲労感にはさらされなかったのだろう。戦後の大量移民を経験しなかったために(多くの別の経験をしたわけだが)、西欧が想像したり取り戻したりすることに苦労している国民的な一体感を保ち続けていたのかもしれない。また西欧の状況を見て、自国では同じことを起こすまいと決めたのかもしれない。
この本は30年近く欧州に住んできた「移民」としてのぼく自身の生活を振り返るためにとても役立ちました。また、イタリアの国籍をとりたいと言っている、ミラノで生まれ育ってきた高校生の息子にも是非読んでもらいたいと思っています。
本書前半の移民の状況もさることながら、後半の欧州文化状況の記述は、欧州文化理解に多く参考になります。