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「安いことが価値」であるビジネスの終焉

格安航空会社のジェットスタージャパンの労働組合がストライキに入っている。

 もともと、報道されている限りでもこの夏頃から会社と労働組合側で時間外賃金の支払いなどをめぐり 労使交渉が続いていたことが報じられているが、その進展がなかったために予定外勤務の拒否に続いて、とうとう指名ストライキに入っているということだ。

 年末年始という航空業界にとって繁忙期にストライキに入ることに結果的になってしまったが、突然この時期にストライキが起きたというよりは、これまで長く労使交渉が続いてきたが妥結点が見出せなかったためにこの時期のスト実施になったという見方もできるだろう。

 これを見て感じるのは、いよいよ安いことによって顧客の支持を受けるというビジネスモデルに限界が来ているのではないか、ということだ。

言うまでもなく、国内では生産年齢人口の減少が続き、単に賃金を積み増すだけでは人が取れないという状況に突入している。そして、例えばパイロットや客室乗務員といった専門知識やトレーニングを受けた人材が必要であればなおさら、賃金を増やして急に人をあてがうことができるものではない。

とはいえ、賃金が競合他社よりも低かったり、賃金に限らないトータルな働き易さや働きがいが提供できなければ、人手不足であることは大きくは競合他社も同じであるために他社に引き抜かれていくだろう。

 ひるがえって、LCC のビジネスモデルは何かと考えると、徹底的なコスト削減によって移動手段の提供という点では大手航空会社と同等のサービスを提供しながら、機内食や会員制度とそのベネフィットなどの周辺価値を提供しないか有料化することで、安い価格により顧客の支持を得る、というのがLCC の存在意義でありビジネスモデルの核心だろう。

ところが 新型 コロナウイルスの流行によって航空会社を含む観光関連業界の業績は大きく落ち込み、経営状況が悪化した。今年になってようやく旅行 需要も回復し旅客数も伸びる一方で、需要に答えるだけの人手を確保できないという状態が、航空会社に限らず多くの産業及び会社で見られるようになった。

それに加えて、コロナ禍中に各国政府がお金をばら撒いたことも手伝って世界的にインフレが起き、物価が上昇している。インフレ抑制のため金利も上昇したために、企業にとっては資金繰りも容易ではなくなってきている。日本の場合はそこに円安要因が加わって、あらゆるコストが上昇しさらに経営の難しさが出てきている。

こうした中で、コスト削減によって安価な料金を提供してきた LCC の強みが薄れているように感じる。もちろんこうした難しさは大手航空会社も同じことではあるが、もともとの利益構造を考えれば、薄利多売型のLCC の方が一層、価格転化しなければ経営が成り立たないという状況になってきている。このために大手航空会社の航空券代も上昇しているが、LCC はさらに割高に感じられるというのが現状だろう。

 こうした中で、例えば台湾ではわずかな安さのために LCC を選ぶ理由があるのかといったネット上の議論が出てきているという。

 これは何も台湾に限らず、世界の LCC 業界にとって同様の難しさが出てきているということだろう。そして、これはこうした状況になる前からだが、特に海外の大手航空会社の中にはLCC のフライトと同時間帯のフライトに限って非常に安い料金を設定するといったケースもあり、LCCが選ばれにくい環境が作られている。

そして、こうした状況はLCC業界に限られないだろう。安いことを売りにしたビジネスというものが、根本的な見直しを迫られていると言ってもいいかもしれない。

例えば100円ショップを見ても筆者の身近にあった独立系の100円ショップは ここしばらくでほとんどが姿を消し、大手の100円ショップしか生き残っていない。そしてその大手の100円ショップでも、100円以外の商品が増えているのが現状だ。これまで日本のみならず世界に安価な商品を供給し続けてきた中国が、今後急激な高齢化に突入していくことは間違いがなく、これは人件費の上昇をもたらす。さらに、政治的にいわゆる「西側」との距離が開いていることを背景に、 そもそも中国から物が入りにくくなることが当面続くと思われることも、日本に中国製の安いものが大量に流れ込んでくるといった状況を想定しにくくなっている要因だ。こうしたことが日本の100円ショップの直面している状況であり、生き残っているのが大手の店に絞られている原因だろう。

結局は、例に挙げたLCCも100円ショップも、安いこと以外の価値をどのように出していくのかという点が問われている。単に安いことが価値であったビジネスであれば、価格を維持すれば採算があわなくなり、値上げをすればその価値がゼロになってしまうということになる。100円ショップであれば、100円以上の価格でも価値のある商品の開発・生産・調達が出来ない中小は撤退を余儀なくされた、ということだろう。

長らく続いた 低金利・ゼロ金利やデフレといった状況が、ここに来て急激に変化している。そしてそれが元に戻る可能性は、おそらくかなり低いだろう。


労働力に関して言えば、日本では人手不足になることがコロナの前から明らかに見えていて、その頃から賃金上昇の傾向があってもおかしくなかったのだが、それがコロナの終焉とともに一気に吹き出したという感じがする。 そしてモノの値段が少なくても当面上がることはあっても下がらないと思われるのは上に書いた通りだ。

こうした理由で、安いことを売りにした ビジネスは根本的に事業継続の判断やビジネスモデルの変更を余儀なくされるだろうし、それができなければ先に述べた 独立系の100円ショップのように事業をたたむことを余儀なくされるのだろう。

これは、スタートアップのビジネスモデルを考える上でも、他人事ではない。既存の企業よりも安い価格で提供できることをビジネスモデルとしたスタートアップも多数存在するからだ。

もちろん、スタートアップの場合は、数字の桁が違うほどの圧倒的なコスト競争力があることを武器に参入しているケースが多いため、大手航空会社とLCCほどの急激な価格差の減少ということにはならない場合も多いだろうが、それにしても価格差が縮小することはスタートアップにとってマイナス要因であることは間違いがない。

また、 人材面で、スタートアップの場合は一人一人がずば抜けて優秀であったり、多くの異なったジャンルの業務をこなせるマルチタレントである など、一般的な企業で求められるのとは異なるスキルや能力があることによって、少人数でも組織として高いパフォーマンスを出せ、それによって成立しているケースも少なくない。こうした人材を採用するにあたって、これまで、必ずしも高くない給料ながらストックオプションという将来の成功報酬があることによって人材を集めてきた。だが、人手不足のなかで、今後ベースの賃金の部分についても上昇していくことは避けられないのではないだろうか。政府はストックオプションの税優遇拡大を打ち出しているが、果たしてこれだけで足りるのか、まだ判断がつかない。

このように、2010年代までとは異なったビジネス環境を前提に今後のビジネスモデル・勝ち筋を見極めることは、大手か中小かスタートアップを問わずに、待ったなしで対応しなければいけない課題になっている。それを象徴的に表す出来事の1つが、今回のジェットスターのストライキだと思う。

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