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「アヴァンギャルド」は未来の可能性の解釈である。

最近、アートヒストリーにおけるアヴァンギャルド(前衛)についての記事をForbes JAPANに書きました。ここで英国の老舗であるリバティのマネージングディレクターの言葉を紹介しました。

前衛とは、歴史のあるタイミングでの、あるパイオニアによる未来の可能性の解釈です。(中略)一般的に、前衛はその時代に理解されることは少ないです。しかし循環的な性格があることで、後の時代の社会で、記憶と意志がむすびつき、新しい形で再び爆発する。殊に社会がこれらの先駆者たちの疑問のいくつかに再び答えようとしているときに、爆発します」

リバティが19世紀後半から続く伝統的なデザインの次のデザインを探るに、アヴァンギャルドの一つである20世紀初頭の未来派にネタを求めたら、その後のアヴァンギャルドが繋がってきたことを再発見したというのです(ミラノの2か所でリバティが、このプロセスを展覧会として紹介しました)。

よって、上記の引用にあるように、アヴァンギャルドというのは長期的視点でものを考えるとき、参考になります。そこで、主にアートヒストリーとビジネスの観点からアヴァンギャルドを話題にしてみます。

アヴァンギャルドという言葉は使われているか?

この数年、どこの分野であっても、「アヴァンギャルド(前衛)」という言葉をあまり目にしないと感じていました。反主流派精神の強さが評価の重要な指標になった1960代-1980年代あたりによく使用されていたかな、と。

しかし、それはぼくの思い違いでした。Google Books Ngram Viwer で英語の書籍での頻出度をみると、確かに1950年代あたりから急上昇しますが、世紀が変わるあたりにピークがきています。ぼくが想定していた時期以降も長く、より使われていたのです。

次にGoogle トレンドですべての国を条件にしてチェックしてみました。カテゴリーは「アート、エンターテインメント」です。すると、この数年のぼくの実感に近いです。ぼくの感覚がネット寄りになっているのに気がつきます。まずいなあ。

アヴァンギャルドはどういう意味?


さて、そもそも何をもってアヴァンギャルドというのでしょうか。冒頭で紹介した記事に沿って、アート文脈として現代美術用語辞典をみると、以下のようにあります。

もともとは「前線」や「斥候」を意味するフランスの軍隊用語。芸術上の「前衛」をも意味するようになったのは19世紀前半頃とされるが、その後の1世紀を通じて、この語の定義は徐々に脱政治化され、「芸術の自律性」に即したものへと変容していった。従来の芸術を越境しようとする試みが、結局のところ「芸術」の美名のもとに回収されてしまう一例としてよく引き合いに出されるM・デュシャンの《泉》などは、そうした脱政治化された「前衛」に先鞭をつけたと言えよう。しかし、脱政治化の結果「芸術の自律性」へと自閉し社会との緊張関係を喪失した「前衛」が、もはや「前衛」の任を果たしえないことは、デュシャン以降の「前衛」を「ゲーム」と一蹴したT・ド・デューヴが批判する通りである。その意味では、1930年代の状況下で、もはや「前衛」が革命のプロパガンダとなりえなかった事態を描いたC・グリンバーグの「アヴァンギャルドとキッチュ」は、今日的な問題を先取りするものであった

現代美術用語辞典のアヴァンギャルド

1930年代にアヴァンギャルドの力が低下したと指摘されていたことになります。そのような指摘がありながらも、アヴァンギャルドという表現は上記のグラフにあるように、1950年以降、多用されるようになったことになります。後述するように、イタリアのデザインの歴史に限っても、1960年代から30年間、アヴァンギャルドをキーワードにさまざまな運動や表現言語が生れています。

また、あえて一般的にいえば、アートそのものが時代(または社会)におけるアヴァンギャルドであるとも言えますが、その時に普及している権威的な位置にある考え方への反逆的な意味合いがあるのは確かでしょう。

アヴァンギャルドは流行の先端か?

リバティのマネージングディレクターは「一般的に、前衛はその時代に理解されることは少ないです」と語っています。アヴァンギャルドは伝統的あるいは正統的な様式や言語を壊し、新たなスタイルの構築を目指すので、短期間に多くの人の認識の変容を促すのは難しいです。

よって、誤解されやすいことですが、アヴァンギャルドはトレンドの先端にあるのではなく、いわんや流行の先端にあるのでもありません。流行にあるのなら、それは既にアヴァンギャルドの位置にはない、ということになります。

今のメインストリームとの距離は気にせず、何らかの芽を意図的に育てていこうとの性格が、アヴァンギャルドにはあります。しかし、言うまでもなく、新しい試みというのは成功率の高いものではありません。したがって、多くは「中途で挫折」「自然消滅」といった道を辿ります。

だが、その試み自体の記録は残ることが多い(いや、アヴァンギャルドの首謀者はアーカイブに拘る)。よって、それからかなりの年数を経たタイミングで何かの指針を探る人は、この記録、またはアーカイブに遭遇する確率も低くない、ということになります。

これが、リバティのマネージングディレクターの次の言葉の根拠になるわけです。

しかし循環的な性格があることで、後の時代の社会で、記憶と意志がむすびつき、新しい形で再び爆発する。殊に社会がこれらの先駆者たちの疑問のいくつかに再び答えようとしているときに、爆発します。

アヴァンギャルドの星座を常に意識する

アヴァンギャルドの星座を意識することが肝です。空に浮かぶ星座は目にみえるかたちではそれぞれの星が勝手に動きませんが、動的なアヴァンギャルドの星座を意識する。長い歴史にある数々のアヴァンギャルドとされる運動や活動を、自らの目で再構成または再編成する癖をつけることで、「記憶と意志がむすびつき、新しいカタチで再び爆発する」というわけです。

英国のリバティは、アートヒストリーにあるアヴァンギャルドの連鎖を読み取って、自社の今後の製品をデザインしました(詳しくは、上記のForbes JAPANの記事を読んでください)。

他の例としては、イタリアのピエモンテ州にあるイタリア・ラディカル・デザインという企業グループは、アヴァンギャルドのデザインを軸にした家具・雑貨メーカーの買収を図っています。1960年代、ラディカル・デザインの舞台にあがった一社にグフラムという企業がありました。ポップでカラフルなデザイン言語を特徴としました。

実業家、サンドラ・ヴェッツァが、このグフラムを2012年に買収します。そして当時20代半ばの息子、チャーリーに経営を任せます。そして、この母子は、2022年、メンフィス・ミラノを買収します。

メンフィスとは、1980年から7年間、エットーレ・ソットサスやミケーレ・デ・ルッキなど、国を超えた建築家やデザイナーが集まり、カラフルで幾何学的な表現言語を使った家具や雑貨を発表していきます。あの時代のアヴァンギャルドを発信し、世界的な熱狂を生み出しました。

7年後、この時のデザイナーグループはメンフィスから手を引きますが、企業としてはアーティストを中心とした家具などを出しながら、ビジネスは継続していました。そのメンフィス・ミラノをグフラムは買収し、イタリア・ラディカル・デザインのポートフォリオに加えたのです。

即ち、彼らもアヴァンギャルドの星座をおさえにかかっているのです。

この構造を読める方が良いにきまってますよね?

ノーベル経済学賞も受賞したバーナンキ元議長であっても、精度の高い経済予測を編み出すことは容易ではないだろう。インフレ圧力を見誤ったのはFRBも同様である。金融政策にはサイエンスよりもアートの色彩が強いことを元議長も認めている

写真©Ken Anzai


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