短観に透ける現状~円安の明暗~
日本経済の現状を綺麗に映した短観
7月1日、日銀が発表した6月の全国企業短期経済観測調査(短観)は今の日本経済の現状、より具体的に言えば円安の影響を推し量る上で非常に象徴的な結果になりました。以下で私なりに気になったポイントを挙げてみたいと思います。
なお、これまで無料記事もメンバーシップ記事も日経COMEMOに一応挙げていましたが、今後は日経COMEMOに挙がるものは全て無料のものだけという仕切りにいたします。過渡期ゆえ、両方に告知しておりました。これでより分かりやすい整理になるかと思います。今回は日経COMEMO用です:
さて、本題に議論を戻しますと、景況感を示す業況判断指数(DI)に関し、ヘッドラインとなる大企業・製造業で前回3月調査(+11)から+13へ改善しました。改善は2四半期ぶりです。一方、大企業・非製造業は、前回3月調査(+34)から+33へ僅かに悪化しました。大企業・非製造業の景況感悪化は2020年6月以来、4年ぶりです。この2つの景況感の動きが今の日本経済の実情を如実に表していると言って良いでしょう(前者は予想比上振れ、後者は予想通り)。
まず、大企業・製造業の景況感改善は想定為替レートの円安修正(140.45円→142.84円)が効いている可能性が高そうです。業種別に見れば、円安の追い風を最も受けそうな自動車が前期比▲1ポイント、これと関わり合いの深い鉄鋼も同▲16ポイントと大幅に悪化していますが、これは言うまでもなく検査不正の悪影響と思われます。しかし、これを跳ね返すほどの改善を見せたのが素材全般で、繊維(同+11ポイント)、化学(同+8ポイント)、石油・石炭製品(同+8ポイント)、紙パルプ(同+7ポイント)と軒並み上向いています。これらは日本の世界向け輸出において強みを発揮できる業種であり、円安の好影響が浸透していると見て間違いないでしょう。
要するに、検査不正問題がなければ大企業・製造業の景況感はもっと改善していたはずです。ちなみに3か月先の大企業・製造業DIは+1ポイントの改善を見込んでおり、検査不正問題の収束と円安の追い風が織り込まれていそうです。ちなみに業況判断DI以外を見ても大企業・製造業の設備投資計画は、2023年度の実績および2024年度の計画、共に2桁を超える伸び率を記録しています。円安によるコストメリットを背景として国内への生産回帰の胎動を期待する数字です(この点は継続的なチェックを要します)。
インフレ税映す非製造業の業況
片や、大企業・非製造業の景況感悪化も円安の影響が大きいと察します。既にnoteでは過去に議論し、最近は報道も目立つところではありますが、現状の円安経由の輸入物価上昇は家計部門の所得・消費を抑制しており、文字通りインフレ税として圧し掛かっている疑いが濃厚です:
https://comemo.nikkei.com/n/n7683476e11dd
業種別に見ても小売が同▲12ポイントと激しく落ち込んでおり、これに対個人サービス(同▲4ポイント)、宿泊・飲食サービス(同▲3ポイント)と続いています。これらの業種はインバウンド需要の恩恵を最も大きく受けるはずですが、それでも業況判断が悪化している事実から「インフレ税の下で国内需要が著しく落ち込んでいる」という今の日本経済が抱える最大の課題が透けます。また、この点も再三言及している事実ですが、宿泊・飲食サービスを筆頭にインバウンド需要に対面する業種は未曽有の人手不足も抱えています。雇用・人員判断DIを例に取れば、宿泊・飲食サービスは▲70から▲65へやや緩和しているものの、依然として歴史的な人手不足という状況に変わりはありません:
外生的要因(円安)および内生的要因(人手不足)がコスト増を強いられ、業況が悪化しているという側面も見逃せません。
このように製造業と非製造業の2つの業況判断DIを見るだけで円安が日本経済に与えている影響が明確に分かるというのが今回の短観から感じ取れる点であったように思います。
利上げ影響は軽微、日銀7月利上げへ
金融市場の注目点は今回の短観を日銀がどう解釈するかです。端的には今月30~31日の日銀金融政策決定会合の利上げにとって妨げになるかどうかが争点になります。
非製造業の景況感悪化はそのまま家計部門の景況感悪化と重なるだけに日銀の利上げにとって障害にはなるでしょう。とはいえ、ヘッドラインとなる大企業・製造業の景況感が極めて好調である以上、総合的に判断して利上げは可能という判断に至る可能性は高いと筆者は踏んでいます。そもそも非製造業の景況感悪化が円安の結果で、その背景が日米金利差(≒円金利の低位安定)と言われている以上、利上げはむしろ合理的な判断とすら言えます。
今回の短観はマイナス金利解除(2024年3月)を挟んだ変化を読み取るという意味でも重要でした。この点、借入金利水準判断DI(全産業、以下同)で17から32へ前期比+15ポイントも急騰していますが、金融機関による貸出態度判断DIは15で横ばい、資金繰り判断DI(「楽である」-「苦しい」)に至っては11から12へ同+1ポイントの改善を記録しています。要するに与信周りの計数は「利上げの影響は無し」という実情を示しています。確かに、非製造業を中心として内需減退の兆候が気になるところではありますが、それは利上げではなく円安の影響だと割り切れば、日銀が7月利上げに踏み切る可能性は相応に高いようにも思えます。
もっとも、まだ会合まで日があります。周知の通り、現体制では会合直前の観測報道が必ず出てくるパターンが続いており、市場でも「直前のリークを待ちましょう」というトークが普通に交わされる場面を目にします。かかる中、予想形成は直前まで困難ですが、少なくともQTを宣言している以上、ここは越えなければならないボーダーライン、できれば利上げも欲しい、というのが投機筋のリクエストラインになってくるように思います(私は利上げなかりせば、円安は勢いづくとは懸念する立場です)。
円安功罪論について
なお、こうした短観に映る円安の功罪については未だ、様々な議論が交錯しているところで百家争鳴という感じです。このテーマについては別途、今月中のメンバーシップで論点整理をしたいと思っています。直情的な議論を排除し、客観的に見ればどのようなことが言えそうなのかを提示したいと思います。また、この点は前著「『強い円』はどこへ行ったのか」でも詳しく取り扱いました。今週、続編である新刊「弱い円の正体 仮面の黒字国・日本」が発売されます。良かったらこちらも見てやってくださいませ: