スローなまちづくり〜人口減少下の日本での「賑わい」神話を手放す
日本全国ほとんどの自治体が、人口減少に対峙している。いきおい、移住者の取り合いのような「人気取り」の政策がもてはやされることになる。そんななか、流山市は成功例として語られることが多い。人口減少のなか、日本の各自治体はどのような「豊かさ」をめざしていけばいいのか。流山市の事例を通して考えてみる。
流山の軌跡〜おおたかの森の成功
一年前の次の記事では、流山市の成功が報じられている。市長が「共働きの子育て世帯へのマーケティングを強化しつつ実際に認可保育園を多く新設したり、駅前で子どもを預かり保育所へバスで送迎する仕組みを整えたりした」と言う通り、支援金をばらまくのではなく、子育てしやすいプラットフォームの構築に力を入れた。
市内の地域間格差
そんな流山市も、おおたかの森のほかの地域は高齢化と空き家の問題に悩まされているという。次の記事は、「2021年まで人口増加率が全国の市で6年連続のトップだった千葉県流山市でも、空き家問題の波がじりじりと押し寄せている。開発がめざましくファミリーの移住が進む『おおたかの森』と対照的に、昭和に発展した街区では住民の高齢化が進み『空き家予備軍』が多い」と報じている。
この記事の中で、市役所や市内の不動産会社などで働く3人が有志で立ち上げた流山家守舎の代表は「不動産業者が地域のディープな情報を伝えず、『おおたかの森』のイメージをウリに家を売る場合もある。地域の特性を考えず空き家が売られると、住民の分断を生むリスクもあり魅力的な街になりにくいのではないか」と指摘していることが紹介されている。
地域をブランディングすることで「住みたい街」という認識が広がり、地価が上がったとしも、ほんとうにその街にあった人が住まなければ、長期的に良い地域にはなり得ない。
流山の軌跡、再びか
そんななか、今月の次の記事では南流山駅周辺のまちづくりが報じられている。「千葉県流山市がつくばエクスプレス(TX)・JR武蔵野線の南流山駅周辺のまちづくりを強化する。一定の基準を満たす新築の建物などに奨励金を交付する制度を導入し、商業施設などの開発を促す。同市は流山おおたかの森駅周辺を中心に人口が急増している。駅利用者に素通りされがちな南流山を第2の拠点にすべく、にぎわい創出に注力する」という。
たとえば、「駅周辺で建物の新築や改築をし一定基準を満たして認定を受けられれば、固定資産税や都市計画税の相当額が最大7年間交付される。(中略)認定の基準は人が集まりやすいかや、見た目が開放的かなどがポイントになる。例えば、1階部分が住居や倉庫でないことや、オープンスペースを設けること、草木などを取り入れることが必須条件だ。おのずと商業施設やオフィスビルなどが想定される」といったことだ。
このチャレンジは、新たに公共施設を建てるのではなく、民間の建物をオープンな場にしていくことを促進することで、住みやすい街をつくることだ。これによって「賑わい」が生まれれば、おおたかの森の再来ということになる。
「賑わい」神話を手放す
人口が減ると、街に人が少なくなる。するとお店がつぶれてしまったり、公共施設を維持できなくなったりする。だから「賑わい」をとりもどそうとするわけだが、日本全国でこれほど急激に人口減少が進むなか、各自治体が人口を増やすことは到底不可能な話である。
そもそも、今の人口を維持しないとインフラが保てないのは、なぜなのだろうか。欧州の各国と比べると、たとえばスイスは900万人、フィンランドは550万人であり、日本の人口は桁違いに多い。江戸時代の人口まで戻ったとしても3000万人である。
ならば逆の発想で、人口が半分くらいになったときに「もっとも豊かになる」という構想を描くことはできないのだろうか。そうすると、各自治体は「どう人口半分の豊かさを実現するか」が焦点となる。
他自治体と人口のとりあいをすることに、税金を使ってはならない。日本全体の価値を上げることにまったく役立たないし、その地域の長期的な豊かさに寄与することもないからだ。
賑わい神話を手放し、長期的な豊かさを描いていく、スローなまちづくりに方向転換するべきではないか。