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5分でわかるスコットランド独立の現状【Q&A】

スコットランド独立を巡るQ&A
前回の住民投票から7年弱が経過し、スコットランド独立問題が再び耳目を集めています。5月6日に実施されたスコットランド議会選挙は独立を主張する与党・スコットランド民族党(SNP)が64議席と全議席(129議席)に対する単独過半数(65議席)には1議席及ばなかったものの、圧勝しました:


同じく独立を主張する緑の党も8議席を獲得しており、2党合わせた独立派勢力で過半数は押さえる状況にある。2016年6月の英国国民投票以来、注視されてきたスコットランド独立(≒イングランド分裂)へ懸念は確実に高まっています。筆者の元にも照会が増えているため、今回のコラムではQ&A方式で現状整理しておきたいところです(Q&Aでという依頼が多かったのでそのようにします):

Q1:2014年に独立は否決されたのではなかったのか?
→2014年9月、スコットランドでは英国からの独立の是非を問う住民投票が実施されました。結果は、反対票が55%と過半数を占め、独立は否決されました。当該住民投票は、2011年 5月のスコットランド議会選挙で、住民投票をマニフェストに掲げるSNPが過半数の議席を獲得したことで実施されることになったものでした。2014年の投票結果はEU加盟国である英国から独立しても、その後の政策課題が非常に多いこと(詳しくは後述する)もあって現状維持が選択されたと総括されることが多いです。しかし、もはや英国はEUではなくなりました。スコットランド国民の過半がEU残留を支持していることを思えば、大前提が変わった今、前回結果を棚上げしても再び住民投票で意思を問う意義はあるでしょう。

Q2:そもそも独立を望む背景には何があるのか?
→スコットランド政府の下、同国には教育・医療分野を含め限定的な自治が認められていますが、租税政策を含む経済政策全般は英国政府の管轄にあります。もちろん、英国議会(ウェストミンスター議会)における議員構成で言えばスコットランド選出議員は少数派なので、その声は圧殺されやすいという構造上の問題があります。「イングランド有利の政策運営が継続している」との国民感情は独立支持派に通底するものだと考えられます。もちろん、それでも2014年9月の住民投票では残留支持が上回ったわけですが、2016年6月の英国国民投票でEU離脱方針が決定して以来、独立支持が追い上げ、今や逆転しつつあるという実情があります。英国のEU離脱で国民感情が変化するのは当然でしょう。変化する理由は複数考えられますが、例えば輸出への悪影響は挙げられやすいです。今年1月の英国からEUへの魚介類輸出額は前年比▲80%と報じられています。スコットランドは漁業の強さでも知られており、その悪影響が懸念される状況です。それに限らず、大陸欧州という巨大な市場に対して著しくビジネス環境が不利に置かれるようになったという実情は確かにあるでしょう。

もちろん、スコットランドにとって対EU貿易は20%程度であり、対イングランドの60%程度の方が遥かに重要です。スコットランドが独立し、英国との国境が設けられることの悪影響の方が相当大きいでしょう。しかし、アイルランドのように英国ではなく米国、欧州でも大陸欧州(ベルギーなど)を主要な輸出先として成長を遂げている例もあります。目先の利益ではなく、将来を見据えた決断をスコットランドが下す可能性もあります。

Q3:住民投票は直ぐに実施されそうなのか?
→コロナ禍への対応が最優先とされ、直ぐに実施という様子は今のところはありません。しかし、SNPは今回の議会選挙に際し、「過半数の議席を獲得すれば2023年末までに独立を問う住民投票を実施する」というマニフェストを掲げてきた経緯もあります。議会任期(5年、2026年まで)の前半で投票実現を企図しているわけです。スコットランド行政府(地方政府)首相のスタージョンSNP党首は勝利後、「(独立を問う)住民投票の実施は民主主義の根幹に関わる問題」だと述べました。パンデミック終息が見えてくれば、住民投票に係る法制度が立法化され、投票への道筋がつけられるでしょう。

英国のワクチン接種ペースは先進国最速であることを踏まえれば、年明け以降、この話題は現実味を持って議論されるようになると思います。また、英国政府が投票方針を拒み続ければ、それ自体が独立支持派の背中を押すという側面もあると思います。年内に表面化することはないのかもしれませんが、年明け以降の波乱材料になっている可能性は十分考えられます。繰り返しになりますが、「EU加盟国」という非常に大きな前提が崩れてしまっている以上、「2014年に実施したばかりだから出来ない」という時間軸を理由にした英国政府の拒絶は客観的に見ても難しいという印象が抱かれます。

Q4:英国政府が認めなくても実施できるのか?
→「できるがやらない」というのが現状です。スタージョンSNP党首は英国政府が認めない非公式で法的拘束力を持たない住民投票を強行しない姿勢を示しています。もちろん、英国政府の同意を抜きにして諮問的な住民投票を実施することはできるでしょうが、法的拘束力のない試みと分かっていてどれほどの投票者が集まるのか疑義はあります。とはいえ、イプソス・モリ社が4月1日から7日にかけて実施した世論調査では「議会選挙でSNPが過半数獲得した場合、住民投票の実施は容認されるべきか」との問いに対し、51%が「認めるべき」、40%が「認めるべきではない」と回答しています。ちなみにスコットランド居住者に限定すれば前者は56%、後者は41%とさらに差は拡がります。上述したように、こうした世論を抑圧するように英国政府が投票を拒否し続けると、独立派をさらに増長させる可能性はあり、いずれジョンソン政権の支持率を直撃する可能性もあります。そのほか次回総選挙(2022年6月)でSNPの助力がなければ政権樹立が難しい環境になる場合、住民投票の実施を認めざるを得ない状況に陥るかもしれません。近い将来、英国政府が住民投票を認めることはなさそうですが、今後1年間で状況が急変することは十分考えられます。なお、現状ではジョンソン政権は何とかこれを先延ばしにしようと考えているようです:

Q5:スコットランド政府は独立後の青写真があるのか?
→今のところ、そうは見えません。2014年9月の住民投票では独立後の不透明感の大きさが残留に繋がったという総括が見られました。では、今回、その点が改善したのかと言われると確証はありません。例えば前回は独立後、スコットランドでは英ポンドが使用できない問題が指摘されていました。英ポンドは「イングランド」銀行の発行する通貨なのだから当然と言えば当然です。もちろん、スコットランドは将来的にEU加盟を目指すのだから、将来的なユーロの流通を望むのでしょうが、EU加盟とユーロ導入はそれぞれ年単位の時間を要するプロセスであり、移行期の通貨システムをどう構築するのかという問題が残ります。移行期だけ英ポンドを使わせて欲しいという都合の良い要求が通れば良いですが、直感的には難しいでしょう。通らなければ新通貨(スコットランドポンド?)の発行もあり得ます。それもまた、一筋縄ではいかない難路でしょう。

また、上述したように、独立してEUに加盟すれば、最大の貿易相手国である英国との間に貿易障壁をわざわざ設けることになります。中長期的には別の議論ができても、短期的に被るダメージは大きいでしょう。近年目の当たりにしてきた英国とEUの交渉過程を見る限り、貿易にまつわる得失は2国間交渉を複雑化させるはずです。問題はまだあります。英国政府の抱える政府債務に関しても、既発の英国債の一部がスコットランドに移管されるなどして債務の応分負担が検討される可能性もあります。これに対する答えも出ていません。少なくともスコットランドが独立採算になるとした場合、「英国から離れたスコットランド」へのリスクプレミアムを国債市場は要求するはずです。スコットランド財政にとって虎の子である北海油田も枯渇の可能性が断続的に指摘されており、依存するのは危うい情勢と見受けられます。

上述してきたように、現状では独立支持派に勢いがあり、これは年明け以降も続く公算が大きいでしょう。しかし、独立後への不安が漠然として大きいままだとすれば、今回も投票する段になって反対派が盛り返すという可能性は十分考えられます。

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