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「問い」の質こそがビジネスのインパクトを決める 「おもしろい問い」の生み出し方

アートにおいて「問い」が重要であることは良く指摘されているが、それはビジネスでも同じであろう。

ビジネスにおいては、「問い」が明示的に示されることは少ないが、企業のビジョンや目標は、問いを裏返しにしたものであることも少なくない。

例えば、Googleの「世界中の情報をアクセス可能にする」というミッションは、「なぜ我々は必要な時に、必要な情報にアクセスできないのか?」という問いの裏返しである。

あるいは、Amazonの「最もお客様を大切にする企業であること」は、「なぜお客様のために最適ではない仕組みで、ビジネスが運営されているのか?」という問いがあったのだろう。

重要なことは、いかに意義のある、そして大きな社会的インパクトを生み出しうる「問い」を持てるかである。そこには、現状の社会の常識を疑い、皆が受け入れている世の中の仕組みや「常識」に対する批判的視点が不可欠となる。

では、そのような批判的視点をどのようにしたら持てるのだろうか。「問い」はアートにおいても重視されるものだが、今回は別の観点からその方法論をご紹介したい。

研究に不可欠な「リサーチ・クエスチョン」

皆さんは「リサーチ・クエスチョン」という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは研究を行う際に必須のもので、何を明らかにしたいのかを疑問形の形で示したものである。

例えば、適当な例を挙げると「DAO(自律分散型組織)を通じて実現できる業務と、できない業務にはどのような違いがあるか?」とか、「仮想通貨の普及によって、通常の通貨のインフレ率にはどのような影響があるか?」といったものが考えられる。

あるいは、最近流行りの生成系AIでいえば、「AIの普及によってGDPは上がるか?」といったクエスチョンも可能である。

リサーチ・クエスチョンが無ければ、何を明らかにしたいかも明確にできないため、研究として成立することは難しい。その一方で、意義のあるリサーチ・クエスチョンを作り上げるためには、社会的に意味があるか、既に行われた研究ではないかなど、多方面から検討していく必要があり、そう簡単ではないのが通常だ。

実際のところ、研究を始めて数年がかりでやっとリサーチ・クエスチョンがまとまるという例も珍しくない。

つまらない研究が増えた

このように、研究において重要なのがリサーチ・クエスチョンであり、ほとんどの学術論文にはそれらしいリサーチ・クエスチョンが明示されているのだが、それに問題を指摘したのが以下の書籍である。

著者はスウェーデンとオーストラリアの大学教授である。

本書でも紹介されているのは、近年、論文の数が増えている一方で、大きな社会的影響を与えるような論文が非常に少ないというパラドックスである。

その原因を、彼らは「ギャップスポッティング型」の問い方にあるという。ギャップスポッティング(穴埋め)とは、簡単に言えば「他に誰もやってないから」という理由で研究を行うという方法である。「Aというテーマについて、米国を対象とした研究はあるが日本を対象としたものはないから、日本について研究する」とか、「Aというテーマについて、〇〇という状況下についての研究はあるが、△△という状況下については無いから、その穴を埋める」というものだ。

他者が行った、実績のある研究をベースとして、その対象や内容を変えて行うようなスタイルだ。断っておくが、こうした問いの立て方や着眼は悪いことではなく、本書でも指摘されているように、むしろ「主流」となっている。特に、研究を始めたばかりの大学院生などには、研究の作法や手順を学ぶという点では積極的に採り入れたい方式だ。

しかしその反面、単に「誰もやってないから」というだけの理由で研究を行ったところで、確かに手順は合っているし結果も出ているかもしれないが、それで何か社会的に大きなインパクトがある研究成果を生み出せるかは疑わしい。本書の著者は、その点に切り込んだのである。

どうすれば面白い「問い」ができるのか?

本書によると、リサーチ・クエスチョンとして成立するためには、以下の4点が必要とされる。

① 研究可能であること=実証的・科学的に答えが出せること
② 一定の範囲に限定されており、焦点が絞られていること
③ 社会にとって重要な意味を持つ知識を生み出すことができること
④ 既存の理論を補完したり、より新しい理論を提示するものであること(Optional)

この中で①から③は必須項目と考えてよいが、④は「よりインパクトのある研究を行うためには」あったほうがよい条件である。

この④の理論にも関係するのが、面白い問いを生み出すための方法論が「問題化(Problematization)」である。

リサーチ・クエスチョンを作るためには、これまで先人たちが行ってきた研究成果をくまなく調べ、それらと重複しない形で問いを立てる。その際、先行研究で言われてきたこと、先行研究が前提としてきたことを所与のものとして受け取ることが多いのだが、そこを問い直すのである。

特に、単なる研究結果だけではなく、研究の前提や背後にある価値観までが問い直しの対象となる。具体的には以下のようなものだ。

①学派内の前提・・・特定の学問において自明の前提とされている考え方
②ルートメタファー・・・研究対象に対する見方やイメージ
③パラダイム・・・研究アプローチの考え方
④イデオロギー・・・政治的、道徳的、ジェンダー等の前提
⑤学術界全般の前提・・・広い範囲で共有されている考え方、前提(「人間は合理的な意思決定者である」など)

こうした観点から先行研究を見直すことで、インパクトのある研究につながる「問い」が生まれるという。

深い問いを生み出す「問題化」の具体例

ある一つの研究成果を吟味するのであれば、それほど難しくない。例えば「IT投資によって売り上げが増加する」という先行研究の結果を検討するのであれば「そうなのか?違う結果もあるのでは?」という疑問を持つことは難しくないだろう。

しかし、上記の①~⑤ような観点で検討することで、どんな疑問が生じるだろうか。「IT投資によって売り上げが増加する」という命題を例にとって考えてみよう。

  • IT投資は売り上げを増やすために行うことなのか?(①)

  • IT投資というのは、企業においてある一つの統合された目的をもって、個人であるかのように意思決定されるものなのか?むしろ現場のそれぞれの目的や都合で意思決定されているのではないか?(②)

  • IT投資と売り上げは原因と結果の関係であるのではなく、むしろ一つの組織体の「ありよう」(文化)が表現されたものではないか?(③)

  • IT投資によって売り上げが上がることは良いことなのか?それで不平等や独占の問題が生じないのか?地球環境にはどのような影響があるか?(④)

  • そもそも企業は合理的な判断ができるのか?企業の合理性とは何か?(⑤)

このように考えていくと、先行研究の中にも、様々な疑うべき前提というものが存在していたことがわかる。そこから本当に社会的に意義のある「問い」につなげることができれば、そして、その問いに答える研究結果を出すことができれば、インパクトの大きな成果につながるだろう。

「問う力」と「解決手段」の関係

さて、研究の場合には「先行研究」という疑うべき題材がある。しかしビジネスの場合はどうだろうか。

日常生活や、仕事を日々行っていく中で感じる違和感やひっかかりが、そのヒントとなるだろう。それと同時に、そうしたひっかかりを解消する手段(テクノロジーなど)を知っていることも、そうした引っ掛かりを感じるためにも必要かもしれない。冒頭のGoogleの問いも、テクノロジーに対する理解がなければ、生じなかったかもしれない。

したがって、「問いを持つこと」、そして、「多様な解決手段を学ぶこと」がこれからの教育において重要なのではないだろうか。一方的に知識を教え込んだり、「これはこういうものだから」と最初から諦めさせるのではなく、疑問を大事にすること。それと同時に、どうすれば解決できるかを一緒に考えていくこと。それがこれからの教育にも必要であり、長期的に日本のイノベーション力にもつながっていくのではないだろうか。

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