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「静かな退職」が問うこと:仕事にパーパスは必要か?

小林 暢子(EY Japanパートナー)

パーパス(目的)が、企業経営の根幹として見直されたのは、新型コロナウイルス感染症前からだった。

社会に新しくモノやサービスを生み出すこと、すなわち企業活動そのものが当たり前に是(ぜ)とされていた高度成長期と異なり、成熟した経済の中で資本主義の行き過ぎを是正し、世の中を良い方向に導くことが企業にも求められる時代となったことが、パーパス重視の背景にある。

もちろん、企業活動の土台をなす資本主義の根幹は不変のため、社会的な公義に重きを置くパーパスと、利潤と成長を求める営利活動の間には、常に葛藤が生じる。

一方で、パーパス支持者が好む論理は、従業員にとってこそパーパスが大切、パーパスへの共鳴によってモチベーションが高まる、というものだ。そうであれば、パーパスに沿った経営によってこそ生産性が高まり、企業価値も上向く――一見、パーパスと営利活動の両立が成り立つ。

この文脈では、特に若年層は社会的課題への感度が高く、仕事を通じて社会に貢献することを大きく意識するので、パーパスはより若者にとって意義深いと語られることが多い。しかし、ポスト・コロナの昨今、「静かな退職」と呼ばれる働き方のトレンドは、この論調に不協和音をもたらす。働く私たちと企業のパーパスの距離感を再考するきっかけと考える。

「静かな退職」とは、表面上は仕事を続けながらも必要最低限のエネルギーしか注がず、熱意も帰属意識も低い従業員を指す。米国で今更話題になるのは、パンデミック(世界的大流行)による影響が大きい。出社できず職場の人間関係が薄くなり、ふと「何のために、こんなに頑張っているのだろう?」とむなしさに襲われ、「静かな退職」に至るパターンが多いと理解する。

日本人の職場エンゲージメントは、パンデミック以前からもともと低いことが指摘されている。窓際の閑職ながら2000万円級のサラリーを稼ぐ名ばかりの管理職「ウィンドウズ2000」や、姿さえめったに見せない「妖精おじさん」は「静かな退職」の先駆けと言えるかもしれない。

しかし、ポスト・パンデミックの「静かな退職」は、若年層にも及ぶことが特徴だ。実際、35歳未満の若手社員の間で帰属意識の落ち込みが激しいという。極端な場合は、入社したものの研修も何もかもリモート、やる気をそがれてそのまま「静かに退職」、仕事はお金を労働時間の対価でもらうもの、と割り切ってしまう。

このアプローチは、パーパスに共鳴する働き方と両極端を成す。企業と従業員の関係として、どちらがより正しいのだろうか?

私は、意味のある関係を築くためには、企業と従業員の両方に、思考の深化が求められると考える。すなわち、企業側は、聞こえだけ良いパーパスを押し付けて、低賃金でも「パーパスのために」犠牲を強制する搾取的な働かせ方になっていないか? 従業員には底の浅さを見透かされてしまう。リモートワークの味気無さと相まって静かな退職」をされても、文句を言えないだろう。

一方で、従業員はどうか? 熱意なく、それでも一日の起きている時間の大部分を仕事に割くことが本当に幸せだろうか? どうせ働くならば、世の中に役立ち、自己成長もできてこそ。

さらに、自分が顧客側になったとき、「静かな退職」済み、いかにもやる気のない売り子に当たったら、きっと嫌な気持ちがすることだろう。すなわち、一見、搾取を免れた「労働者の勝ち」のように見える「静かな退職」が広がれば、社会全体の生活の質を落とすことにつながってしまう。

雇用主への影響も予見しなければいけない。もし「静かな退職」が主流になれば、企業は従業員に教育投資したり福利厚生を充実したりすることに消極的になる。お互いの関係を即物的にしか見られなくなってしまう。自動化が進めば、「静かな退職」をした従業員は真っ先に切り捨てられるだろう。

企業と従業員の望ましい在り方は、企業は仕事を通じて従業員の成長を応援し、従業員は企業の器を通じて自己実現できる関係だ。パーパスはその象徴になり得る方で、建設的な関係を維持するためには、地道な双方の努力が求められる。パーパスだけに寄りかかることは間違いだと考える。

パンデミックは、思いがけず、働き方をリセットする作用をもたらした。経営者にとってはパーパスの位置づけを、従業員にとっては自分が仕事に求めるものを考え直す機会と捉えたい。

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小林 暢子(EY Japanパートナー)
EY Japanでパートナーを勤める戦略コンサルタントです。世界の流れが大きく変わる今、「一見変わらない日本」がどう変わるのか、日本人がどう生きるかに興味があります。コンサルタントの現場感と外からの視点を大切に、幅広いトピックを扱います。