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「昭和の営業スタイル」と「令和のタイパ意識」は、意外と相性がいい。
隣の席でOB訪問が行われていた。
都内の居酒屋で、仕事論を熱く語るスーツの男性。向かいには、あどけなさが残る大学生らしき男の子。
今の大学生と言えば、いわゆる「Z世代」のど真ん中。
スーツの男性は、おそらく僕と同世代。30代後半の昭和生まれと言ったところだろうか。
ここでは仮に社会人をAさん、学生をBくんとして話を進める。
Aさんは営業職で、自らの成功体験を語っていた。
「取引先のキーマンがよく行く喫煙所を調べて、毎日そこで待ち伏せをしていた。ある日、狙い通りそのキーマンが現れて、自然と知り合いになれた。それが後押しになって、商談がうまくいった。」
そんな話だった。
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Aさんのエピソードは、いわゆる昭和の「どぶ板営業スタイル」だ。
どぶ板営業は「どぶ板選挙」から生まれた言葉。家の前にあるどぶ板(排水路上に敷かれている木の板)を渡って、有権者の家を一軒一軒周っていた選挙演説の形から派生して「どぶ板営業」という言葉が生まれた。
「Z世代にそんな話をして大丈夫?」と、若者研究を生業にしている僕は、冷や冷やしながら聞き耳を立てていた。案の定、Bくんは少し引いているように見えた。
「この時代に、そんな古い営業スタイルは流行らないでしょう。もっとDXで顧客管理をして…」
と、そんな表情に見えた。
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しかし話の流れは、Aさんのとある発言から変わっていく。
キーワードは「タイパ」、そして「プライド」だった。
今日はそんな話。
■タイパを重視した営業スタイル
Bくんがいまいちピンと来ていないのを悟ってか、Aさんはこんな話をはじめた。
「ほら、今若い子で言うとタイパってあるじゃない?あれと同じだよ。」
タイパとは「タイムパフォーマンス」の略で、僕の所属する若者研究組織でもよく紹介している概念だ。
組織の講演では5〜6年前から使っていたが、Z世代という言葉が浸透してから突然一般的になった気がする。
倍速視聴を好み、長い修行期間を嫌う。
そんなZ世代における「時間の効率化」という価値観がタイパだ。
Aさんは続けた。
「本来、そのキーマンは会おうと思ったら、すごい大変なんだ。キーマンの部下を1人1人説得しないといけない。
・多くの人を巻き込んで
・たくさんのデータを分析して
・何枚もプレゼン資料をつくって
それでも会えるかどうか。
そんな人に喫煙所で会えるかもしれない。仲良くなれるかもしれない。時間対効果を考えたら、やっておいた方がいいじゃないか。それってタイパでしょ?」
Bくんの表情が変わりはじめた。
僕もまた、Aさんを見る目が変わっていた。
■タイパとプライド
確かにAさんの言うとおりかもしれない。
Z世代は「タイパ」を重視する。
と
Z世代は「どぶ板営業」を好まない。
この2つは、セットではないのかもしれない。
ただAさんが言う通り、どぶ板営業がタイパのいい営業スタイルだとしても、Bくんはその手法を選ぶだろうか。
そんなことを考えはじめたところで、僕は店を出る時間になった。
あれから少しずつ「僕ならZ世代のB君に「どぶ板営業」という選択肢を、どう説明するだろうか」と考えていた。
ここからは、勝手な後日談となる。
おそらくキーワードは「プライド」だ。
来るかわからない喫煙所で、ひたすらクライアントのキーマンを待つ。
そんな営業スタイルを自分が実践することに「プライドが許さない」人は多いだろう。頭ではそのやり方はタイパがいいと理解していてもだ。
タイパとプライドは、相性がよくないのかもしれない。
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そこで「タイパ VS プライド」ではなく、「プライドを捨てることは、タイパがいい」と捉え直してみる。
■プライドを捨てたことによる成功体験
プライドとは年々積み重なって、高くなっていく。
しかしプライドには2種類ある。
・成功することによって、積み重なるプライド
・失敗しなかったことによって、積み重なるプライド
だ。
多くの人が抱えているプライドは、後者のプライドだと思う。
これがプライドのやっかいな部分で、大きく成功しなくても「失敗しなかった」だけでプライドは積み重なってしまう。
そしてプライドが積み重なると、いつしか人は失敗することが怖くなる。保守的になる。
ただ、世の中には「プライドを捨てたことによる成功体験」というジャンルも存在する。
冒頭のAさんがまさにそうだ。
Aさんだって最初は「喫煙所で来るかどうかもわからないキーマンを待つ」なんてプライドが許さなかったかもしれない。
でもそのプライドを捨てたことが成功につながった。だからBくんにそのエピソードを伝えていたのかもしれない。
僕はこの「プライドを捨てたことによる成功体験」は、結構大事だと思っている。
ざっくり図にするとこんな感じ。
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ポイントは
・プライドを捨てること
と
・成功すること
を別の話として捉えること。
プライドを捨てれば成功する、というわけではないが「プライドを捨てて成功することもある」と上記の図でいうDの存在を体得することが重要だ。
そして、それに挑むならプライドが重く積み重なる前の方(つまり若い方)が効率がいいのは間違いがない。
先ほどの例で言えば、プライドの大半は
失敗しなかったことによって積み重なるプライド(図のBの経験)によって、肥大化していく。
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この種のプライドは年を重ねるごとに重くなるので、歳を重ねてからDの成功にチャレンジするのはリスクが大きい。
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だったら、プライドが経年で積み重なる前にDの成功にチャレンジしておいた方がリスクは少なく、成功体験の幅を広げることができる。つまり長い目で見ると、プライド捨てる経験は早めの方がタイパがいいのではないだろうか。
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そう考えると、「昭和の営業スタイル」と「令和のタイパ意識」は、意外と相性がいいのかもしれない。
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