男だろうが女だろうが加害者は加害者、被害者は被害者
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男だろうが女だろうが加害者は加害者、被害者は被害者

荒川和久/「結婚滅亡」著者

これは、内閣府が行った「若年層の性暴力被害の実態に関するオンラインアンケート及びヒアリング結果報告書」に基づく報道なのだが、こういう総論的なことだけだと見逃してしまうことがあるので注意が必要である。

性暴力=女性が被害者というだけではないし、加害者=男性でも必ずしもないということだ。男性の被害者もいれば女性の加害者もいる。

今回の調査も、男女ともに調査していて、男の被害状況を見た時に、決して無視できない事件もあることを広く認知してもらいたいと思う。

性暴力被害者と加害者との関係性を見ると、男女の差が顕著である。

見ず知らずの人間からの加害を受ける女子が多いのに対し、男子は圧倒的に学校関係者からの加害を受けている。学校関係者とは、同級生・先輩後輩などの他、当然ながら教師も含む。

教師といえば、大学におけるセクハラはいろいろと事件になってニュース化されるが、この筑波大の男性教授が女子学生に対してセクハラをして逮捕された一件は置きく各紙が報道した。

それはそれでいい。もしこれが事実だとするならば、教授という立場を利用した卑劣な行為だと思うからだ。

しかし、一方で、最近文春オンラインが報じた早稲田大学准教授による男子学生に対するセックス強要、旅行同行と同部屋宿泊強要、自宅宿泊強要、あげくに子どもの世話の夕食の支度強要(記事による)で同准教授が提訴された一件に関して、報じている新聞社が(あまり)見あたらないのはなぜだろう。

提訴されるということは余程のことである。また、事実無根なら大学は懲戒などしないだろう。ということは記事に書いてあったことは事実と認めたということではないのか。

にもかかわらず、この女性准教授はこんなことを言っている(らしい)。

「(台湾への同行は)A氏が希望したので許可した。民泊アパートは同じだったが同部屋ではない。自宅への宿泊は事実だが、A氏に強要したものでないので、ハラスメントには該当しないという認識。(性交渉の強要は)事実ではない。デートしたり手をつないだりといった恋人としての関係は一切ない。子供の送り迎えや夕食の用意は事実だが、強要したものではない」

一貫して「強要したのではない」から「ハラスメントではない」という主張なのだが、ハラスメントというものを理解していないようだ

パワハラでもアカハラでもセクハラでもなんでもいいが、こういうものは立場が上にある人間が要請し、それを拒否した場合に自分が不利益を被る可能性がある(と被害者側が思わざるを得ない)場合、その要請はその時点で強要と同等になるんですよ。准教授なのにそんなこともわからんのか。いや、わかっててあえてとぼけているのだろう。

この裁判では包み隠さず真実を明らかにしたうえで、妥当な判決を期待したい。和解などというあやふやな決着などせず判決までもっていってほしい。個人的には、民事だけではなく、刑事的にも強制わいせつ罪に当たるのではないかと思う。セックスの強要までしているのだとしたら、むしろ筑波大の事件より悪質であるし、何よりこの准教授は、この学生のことを自分の奴隷だとでも思っているのか?と思いたくもなる。

被害者が女であろう男であろうと、加害者が男であろうと女であろうと関係ない。それこそクソ加害者はクソ加害者で平等に取り扱うべきだと思うわけである。

以上のような性暴力に関するもの以外でも、大学教授のアカハラは実はもっと存在しているだろう。ざっと検索しただけでも出るわ、出るわ…。

キリがないのでやめる。なお、「アカハラ」で検索して出てきたものを自動的に並べただけなので、文句があるなら記事掲出元へどうぞ。


教授による学生へのハラスメントは、会社におけるパワハラより重罪だろう。社会人であれば、まだ自己の責任において対抗処置も取れるし、最悪退職転職する道もある。しかし、学生で親の金で大学に行かせてもらっている身で、または奨学金借りてしまっている身で、大学を辞めたり、辞めさせられたりすることは避けたいし、そもそも18-22歳の子に自己の責任においてなんとかしろというのも酷だ。

そういうまだ未熟な部分を見透かした上で、まるで自分が学生の生殺与奪権を持っているかの如く勘違いしたアホ教授がこういうことをしでかすに違いたない(と思いたい)。多くのまともな教授はこんなことしないだろう(多分)。してもらっても困るのだ。

繰り返すが、加害者が男であろうと女であろうと許されない。

こういうことをしでかした連中には、どんな実績があろと知ったことではないが、少なくとも二度と教壇には立ってほしくないものだ。

こういうことを書くと、変な界隈から「性暴力を受けている絶対数は女性の方が多いのだから、女の被害を重要視すべきだ」とか噛みついてくる人間が出てくるのだが、確かに絶対数は女性の被害の方が多いだろう。が、人数が多いとか少ないとかの問題なのだろうか?もっといえば、男とか女とか関係なく、被害者という視点でとらえないといけないんじゃないのではないの?それとも、被害者が男ならそれは無視してもいい、加害者が女ならそれは問題視しなくてもいいとでも言いたいのだろうか?

一事が万事、いい加減になんでもかんでも「男は~」「女は~」にするの、やめたらどう?

被害者は被害者であり、何かしらの格差があるなら格差による被害者であり、差別を受けている人がいる差別被害者であり、そこには男女も年齢も関係ない。


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荒川和久/「結婚滅亡」著者

長年の会社勤めを辞めて、文筆家として独立しました。これからは、皆さまの支援が直接生活費になります。なにとぞサポートいただけると大変助かります。よろしくお願いします。

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荒川和久/「結婚滅亡」著者
11/13に新刊「結婚滅亡」が発売です!他著書「ソロエコノミーの襲来」 「超ソロ社会」「結婚しない男たち」等。東洋経済等でコラム執筆したり、テレビ・新聞によく出ます。独身研究家として活動させていただいてます。メディア出演・執筆・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージから。