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電車減便失敗と進まぬDXに共通する理由仮説

ゴールデンウィーク明けの5月6日に、首都圏などの鉄道各社が感染防止のため(と思われる)減便要請を受けて通勤電車の本数を減らしたところ、予想以上に混雑がひどくなってしまい、7日は急遽元通りのダイヤに戻すといった事態が起きた。

そもそもこの減便要請は緊急事態宣言の発令に連動するものではあったのだが、どのような経緯で誰がそれをどのような形で要請をしたのかは、報道からははっきりしない。日経新聞の記事では「東京都などが要請した」と書いてあり、一方読売新聞は「内閣官房が国交省に相談をせずに要請した」と報道している。

この要請の根拠やルートの問題はさておき、なぜこのような減便要請がいきなり起きたのだろうかと思うと、「減便要請することで通勤者の数が減ると考えたのではないか」という推測が成り立つ。

しかし、今年のゴールデンウィークは、昨年よりは増えたとはいえ多くの人が遠出を控えていたことは鉄道や航空各社の予約状況からも見て取れる。

例年なら今年の5月6・7日のような休日の谷間の平日に休む人が少なくないと考えられるが、今年に関してはそのような要素がないと考えるのが妥当だろう。6日と7日には通常通りの通勤客の数になると予測するのが素直だったのではないだろうか。

もう一つの可能性として、緊急事態宣言を発令し、鉄道各社に減便を要請すれば、それにならって各企業がリモートワークや在宅勤務を推進してくれて通勤客の数が減る、と考えたのかもしれない。多数の個別企業にリモートワークや在宅勤務の要請をするよりも、鉄道会社に減便要請する方が時間も手間もかからず効果的だと考えたのかもしれない。

しかしこの一年以上、長らく在宅勤務やリモートワークの推進が言われながらも、一番進んでいる従業員1万人超の企業ですら半分以下の実施であり、しかも今年に入ってからは昨年よりも実施率が低下しているという調査結果もある。

もちろんすべての仕事がリモートワークや在宅勤務にできるわけではないことは言うまでもないが、実際に知人から見聞きしている範囲でも、出勤しなくてもやれる仕事がなかなか在宅やリモートになっていないのが実態だろう。

なぜそのようなことが起きているのだろうか。ここからは推測に基づく仮説になるのだが、経営者を含めた企業のトップ層の「恐れ」「恐怖」があるのではないかという仮説に行きついた。

そして、やはり遅々として進まず、本来あるべき姿が実現していないという点で共通する DX にもこの仮説は共通して当てはまりそうだ

リモートワークや在宅勤務が進むことによって、これまではなんとなく社内で存在が認められてきた、主に中高年層の居場所がなくなっている、という話が様々に報道されたり語られるようになってきている。

この中高年層は、いわゆる「上司」=企業の管理職やトップ層と重なる。部下を自分の好きな時に自席に呼び出して隣に座らせ、何かと指示を出すことによって自分の威厳や権勢を保ってきた一面が、「上司」と呼ばれる人たちにとってあるのだとすれば、リモートワーク・在宅勤務はそうした機会を物理的に奪ってしまう。

同様のことをオンラインでやろうとした場合、オンラインツールに不慣れなことによって、自分の方が劣勢に立ってしまい、立場や威厳が損なわれかねない。オフィス出社による感染の恐怖よりも、自分の地位を失う恐怖の方が優る人たちがいることも、想像に難くない。

これと全く同じ事が、いわゆる DX で起きているのではないか。 DX どころかいわゆる「デジタル化」ですら日本の企業はなかなか移行できていない。昨年になってようやく「ハンコ」については見直しの機運が出てきたが、自分がハンコを押すこと、あるいは押さないことによって、自分の威厳や権威を保ってきた上司の人たちからすれば、その機会を失うことは自分の地位が危うくなることにつながる。また仮にハンコをオンライン上で押せるようになっても、それをうまく使いこなせないでいる姿は、オンライン会議と同様に自分の立場を損なうことにつながりかねない、という恐怖があるだろう。

こうして、電車の減便はじめこの1年様々に対応を迫る事態が起きても在宅勤務やリモートワークの導入が進まず、またいくら世界の企業に比べて遅れをとっていると言われても DX が進まない理由は、共通して、そうしたことを推進することが日本のトップ層にとって自らの地位を危うくするという恐怖を生んでいるからではないか、というのが減便失敗のニュースに接して考えたことだった。

もちろん、これは私の勝手な仮説にすぎないし、また仮にアンケートなどを取ってみたところで、ストレートに「自分の立場が危うくなる恐怖感から導入していない」と答える人はなかなかいないだろうから、仮説は仮説のままでそれを実証することはなかなか難しいだろう。

半年ほど前に、DXに関して佐々木俊尚さんがCOMEMOでトップ層(経営者・管理職)の問題に触れている。

大事なのは、育ってきた優秀なDX人材を使いこなし、DXというシステム的な概念をうまく企業に取り込むことのできる「DX経営者」や「DX管理職」の充実でしょう。

仮に私の仮説が正しいとしたとき、いわゆる経営者や管理職などトップ層の人たちの不安や恐れをどう取り除くかは、非常に難しい。なぜならその不安を取り除くためには、トップ層に当たる人たちが新たなことを学ばなければならないからである。

昨今「ジョブ型雇用」やその対概念として「メンバーシップ型雇用」という言われ方を多く目にするようになったが、メンバーシップ型雇用は、言い換えると、若い時には仕事について学んで身につけなければいけないけれども、ある程度以上の年齢やポジション(役職)になれば、特に新たな知識などを身につけなくても上に上がっていける、時代の変化が緩やかだった時代の仕組みだったということもできるだろう。ある組織に特化して、その中で様々なことを経験するジェネラリストとして存在すればよく、特定のスキルや技術等について長けていたり、それを更新する必要性は高くなかったのだ。

仮にスペシャリスト的な知識を身に着けそれをアップデートしたところで、従来のメンバーシップ型雇用の中では、学んだことをもとに管理職や経営者として手腕をあげたからといって、他の企業に迎えられるといったこともほとんど考えられなかった。そうであれば経営者・管理職層にいる人たちにとって、勉強するインセンティブは働かない。

これがジョブ型雇用が普及し、経営者や管理職の仕事にも、経営や管理の専門家・スペシャリストたちが求められるようになると状況は一変する。常に最新の動向についてキャッチアップし学んで企業のマネジメント層として実績をあげれば、他の企業に迎えられる機会が生まれ、業績次第では報酬を上げられることも考えられるので、学ぶことへのインセンティブが生まれる。

このように考えると、なかなか解決策が見えない日本企業の在宅勤務・リモートワーク推進やDX推進のためには、よく言われる若年層の社員に対するジョブ型雇用だけでなく、経営トップ層を含めてのジョブ型雇用に変えていくことが必要なのだろう。ただ、その切り替えを、いつどのようにどう進めたら解決できるのかは、糸口が見えない。「それは自分が任期を終えてから」と変化を先送りしてきたのが、失われた数十年であろうから。

そうであるなら、連続性のある同じ企業内での変化は難しく、新たな企業がプレイヤーとして出てくることで世代交代を図るしかないのかもしれない。


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