ECBはもうハト派になったのか【シュナーベル発言の読み方】
シュナーベル発言に動揺する市場
シュナーベルECB理事がハト派へ転向したと注目を集めています:
一応、オリジナル原稿も貼っておきました。
これまで「ドイツ人ゆえタカ派」との印象が先行してきたシュナーベル理事の姿勢変化は金融市場で重く受け止める向きが多いようです。インタビュー最初の質問ではユーロ圏11月消費者物価指数(HICP)の予想外の下振れに絡めて「インフレ軌道に対して考え方は変わったか」と問われ、シュナーベル理事は「事実が変われば、考えは変わる。貴方は違うのか(When the facts change, I change my mind. What do you do, sir?)」とケインズの名言を引用して返しました。
冒頭から「ハト派方向へ気が変わった」と読める発言です。その上で「最新のインフレ指標は追加利上げをさらに有り得ないものにしている」などと述べ、追加利上げ可能性の排除を確認しています。為替市場では顕著にユーロ売りが進み、ECBのハト派転向が完了したような雰囲気すら感じます。
シュナーベル理事は元々「対立しない」人選
しかし、筆者はやや過大な反応ではないかと警戒しています。そもそもシュナーベル理事はかつてのドイツ出身のECB理事と比較して極端なタカ派ではありません。これは就任の経緯を踏まえ、当初からよく言われていた話です。まず過去の経緯を知っておく必要があります。
シュナーベル理事の前任は同じドイツ出身の女性であるラウテンシュレーガー氏でした。ラウテンシュレーガー氏の前職はドイツ連邦銀行副総裁で、筋金入りのタカ派と言って差し支えない人物です。そのラウテンシュレーガー氏は2019年9月、2年以上の任期を残して辞任しています。ドラギ前ECB総裁の緩和的な政策運営に対する抗議辞任という理解がもっぱらでした。
また、そのラウテンシュレーガー氏の前任であるドイツ出身のアスムセン氏も2013年12月に6年の任期を残して途中辞任しています。アスムセン氏のケースは抗議辞任ではなく「家族の問題」と言われています。しかし、実はアスムセン氏の前任であるシュタルク氏も2011年9月に任期途中で辞任しており、これもやはりドラギ体制に対する抗議辞任だったと言われます。
ちなみに2011年にはウェーバー前独連銀総裁も抗議辞任しており、近年ではその後任であるバイトマン前独連銀総裁も2021年10月にやはり任期を5年以上残して抗議辞任に踏み切っています。比較的新しい話です:
「ハト派なECB vs. タカ派なドイツ」という二項対立は政策理事会の日常風景ですが、数年に1回、堪忍袋の緒が切れたドイツ高官が離脱するということが繰り返されてきた歴史があります。2006年以降、ドイツ出身のECB専務理事3名、独連銀総裁2名が続けて任期を全うできないという事実は「ドイツの孤立」を浮き彫りにする事実でしょう。
見方を変えれば、共通通貨圏の一員としていつまでも協調性を発揮できないドイツの特異さがこうした連続途中辞任に表れているという批判はありました。そこでラウテンシュレーガー氏の後任としては極端なタカ派思想を持たないバランス感覚を持った学者であるシュナーベル理事が選ばれたと言われています。例えば、シュナーベル理事は就任当初の講演において抗議辞任で去ったラウテンシュレーガー理事との対比を滲ませながら「これらの(緩和的な)金融政策措置がなければユーロ圏は今よりもはるかに脆弱な状況になっていた」と述べ、緩和路線継続を支持して見せています。
要するに、シュナーベル理事は「対立しない」ことを期待されて政策理事会に入ってきた人物であり、同理事に一方的なタカ派イメージを抱き、そのハト派発言に驚きを抱くのはやや違うと思います。
確かに、直近9月には「インフレに対する時期尚早な勝利宣言をしてはならない。順調だが、引き続き警戒が必要だ」と言ったコメントが報じられるなど、タカ派と目される発言が取り上げられていましたが、こうした「まだ油断するな」という趣旨の発言は今次局面においてECB高官が繰り返している一般的な発言です。これをもってタカ派と思われてしまうのはドイツ出身理事の宿命と言わざるを得ないでしょう。
よく見ればさほどハト派的でもない
また、今回のロイターとのインタビューを読んでも利上げ停止は確かに言及されていますが、一足飛びに利下げ観測まで浮上するのは行き過ぎでしょう。例えば「(ラガルド総裁のように)貴方も数四半期の現状維持を考えていますか」との質問に対しては、「よりデータが必要である。<中略>最近のインフレ下落傾向は恐らくしばらくは続かない」と述べており、現時点での利下げを支持するような発言は見られていません。その上で「最も重要なことは、インフレ基調において何が起きるかだ。それは(実質賃金に影響する)賃金、生産性、単位労働コストと言った論点である」と念押ししています。あくまで雇用・賃金環境で落ち着きを確認しない限り、利下げ方向へ急旋回はないでしょう。
なお、インタビューでは「2024年前半の利下げ可能性は排除しないということで良いでしょうか」とより直接的な質問も見られましたが、「データ次第であり、それが一番重要だ。我々は上下双方向についてサプライズを経験してきている。今後6か月、声明文作成にあたっては注意深くならなければならない」と返しています。これが「利下げを否定しなかった」と解釈されているわけですが、肯定しているわけでもないでしょう。むしろ急なハト派傾斜をけん制するバランスある姿勢と見受けられます。
また、バランスシート政策についても踏み込んだ質問が見られています。しばしば話題となるパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)の再投資停止に関してもシュナーベル理事は「ラガルド総裁が述べたように、近い将来に議論することにはなると思います。それをどう解釈するかは任せます」と総裁会見以上の言質を与えていません。その上で「再投資停止が市場に与える影響は大きなものではなく、大騒ぎする話ではない」と述べ、争点化すること自体、避けています。
これに対し記者は「再投資停止の影響が軽微ということことは、保有資産の途中売却も考えていたりするか」とやや飛躍にも思える質問を出しているが、「議論していない」と取り合う姿勢を見せていません。
シュナーベル理事の一連の発言は「ドイツ出身理事が追加利上げを否定した」という事実が針小棒大に解釈されている可能性を感じます。今、ECBに関して言えることは「利上げ路線は停止」ということだけであり、当面は雇用・賃金情勢の息切れが確実に確認されるまで現状維持を続ける公算が大きく、それは2024年上期いっぱいまで続きそう、というが現時点の無難な整理になるでしょう。
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