脱炭素社会を考えるきっかけとしてテスラの軌跡を学ぶ一冊〜『Power Play』
深刻な猛暑日の連続や大雨洪水被害の報道などを通じて、気候変動問題を切実で迫りくる問題と感じ始めている人は多いのではないでしょうか。先日、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表したレポートでも「産業革命前と比べた世界の気温上昇が2021~40年に1.5度に達するとの予測」と報じられ、脱炭素、ESG、クライメット・テック(Climate Tech)というキーワードを意識せざるを得ない時代に入りつつあることを感じます。
そんな時に偶然目にしたのが電気自動車大手、テスラ・モーターズの創業から現在までを緻密な資料やインタビューを元に記録した書籍『Power Play: Tesla, Elon Musk, and the Bet of the Century』です。
テスラは今でこそEVメーカーの世界的なブランドとして知られ、時価総額は7,150億ドル(約78兆円 2021/8/13時点)、CEOのイーロン・マスク氏は世界長者番付2位(約16兆円)で、600万人近いフォロワーを持つツイッターでの発言などもニュースになるセレブ経営者として知られてます。が、2003年創業時からの同社の脱炭素社会に向けたビジョン、そして途中の紆余曲折やドラマ、何度と訪れる倒産の危機を乗り越えて今にいたる軌跡を知る道標として、ウォール・ストリート・ジャーナルの記者であるティム・ヒギンズ氏によるこの一冊はとても網羅的に描かれていて学びの多い一冊です。
いち早く脱炭素社会を見越した電気自動車の普及を信じ、そのビジョンの実現に成功しているテスラ、そしてイーロン・マスク氏に関する新しい発見が数多くあったのでいくつか箇条書きで記してみたいと思います。
①2003年7月1日にシリコンバレーで生まれたテスラ・モーターズの創業者は現CEOのイーロン・マスク氏ではなく、マーティン・エバーハード氏とマーク・ターペニング氏という人物であること。マスク氏が投資によってテスラに参加したのは同社設立から1年後の2004年で、CEOに就任したのはさらに4年後の2008年(創業者の2人は不当な追放行為を受けたとして2009年に訴訟し、後に和解。)
②リチウムイオン電池を搭載した電気自動車が後に一般大衆の人が乗る交通手段になることを強く信じ、妥協を許さず資金調達、開発、デザイン、販売に邁進し、途中何度も何度も倒産の危機に直面するもののマスクCEOのリーダーシップ、無謀なミッションに応える優秀なチームの存在、運などで切り抜けて今の成功があるという歴史。
③GM等の大手自動車メーカー出身のトップレベルの技術者、デザイナー、アップルストアを手掛けた店舗開発責任者など、テスラに参画するのは実績のある優秀な人物が多く、マスク氏のビジョンを語り仲間を集める力が伺えます。彼らは重要な局面で役割を果たすものの、その後マスク氏との軋轢などで退社するケースが次から次へと書籍の中で描かれます。テスラ幹部の年間離職率は27%で、マスク氏側近の離職率は約44%とも報じられてます。一方で、独立して競合する電気自動車、バッテリー、自動運転分野で起業し、活躍している「テスラ・マフィア」と呼ばれる人材が巣立っていることも注目に値します。
④マスク氏の優秀な仲間を集める力としてとても印象的だったのが、テスラの上海ギガファクトリーを推進し、中国で外国の自動車メーカーとして初めて単独出資による工場建設を実現させるのに貢献したロビン・レン氏とのつながりです。実はマスク氏とレン氏はペンシルベニア大学で共に物理を学び、当時からお互いの実力を認め合う友人として一緒にカルフォルニアへの旅行もしたような間柄だったとのことです。レン氏も後に離職し財団を設立して活躍していますが、現在テスラの最大の市場となっている中国進出の裏舞台を学ぶエピソードが豊富に描かれてます(猛烈なリーダーシップによりたった10ヶ月間で工場建設を実現させたエピソードなど)。
⑤2016年頃、資金繰りがぎりぎりで開発もうまくいってない時にアップルがテスラを買収しようとしたものの、イーロン・マスクが合併後の会社のCEOになると主張したため頓挫したこと(p.226 マスク氏もクック氏も否定しているけれど、著者はマスク氏が当時社員に語った内容として報じてます)。また2013年には同じく資金繰りの問題からグーグル共同創業者のラリー・ページ氏に売却の話を持ちかけたエピソードも紹介されてます(p.190)。
まだまだテスラ、そして電気自動車の発展、普及はこれからの部分もあると思いますが、改めてテスラ研究をしてみたいと思った方にとってはおすすめの一冊だと思われます。
今大きなトレンドになりつつあるクリーンテックの分野の戦略を考える場合、化学メーカーも電力会社も製造業も改めて「テスラ」を研究することをお勧めしている。そのポイントは「系」と「消費者」にある。
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