博物館の「未来をつくる」お手伝いをしたい
オシロ社は「日本を芸術文化大国にする」をミッションとしている。
そのため、これまでアーティストやクリエイターの継続的な活動をコミュニティの力で支援すべく、コミュニティ専用オウンドプラットフォーム「OSIRO」を開発・運用してきた。現在、OSIROはアーティストやクリエイターだけでなく、ブランドや企業、さらには企業内の社内コミュニケーションツールでもお引き合いをいただけるようになった。
しかし、ぼくとしてはオシロ社を創業以来、実現したいと思っていることがある。むしろ、これなしにはわれわれのミッション「日本を芸術文化大国にする」を成し遂げられない。今回はそのことについて綴っていきたい。
「日本を芸術文化大国にする」には博物館の振興が不可欠だ
オシロ社が「OSIRO」を開発したのは、第一義にはアーティストやクリエイターが活動を継続していけるよう支援することを目的にしている。これはぼく自身が20代でアーティストを志し、30歳にして表現活動を諦めてしまった苦い原体験も関わっているが、それだけではない。
オシロ社が掲げるミッション「日本を芸術文化大国にする」ためには、なによりもアーティストやクリエイターが活動に専念し、表現活動を継続することで芸術や文化の裾野を広げていく必要があると考えたためだ。ただ、このミッションの実現のためには、もう一つ、重要だと思っていることがある。
博物館の振興と、そこで働く博物館学芸員の方々の地位向上だ。
アーティストを志す前、ぼくは世界一周の旅に出ていた。ユーラシアを西へと進み、大陸を渡り地球を一周するなかで、たくさんの国に行き、当地にある素晴らしいミュージアムを巡った。
その時はただ建築や展示に驚嘆するばかりだったが、帰国してから各国の文化政策を調べるうちに気づいたのが、芸術文化が発展している国ほど、博物館は社会全体で保護され、学芸員さんの社会的地位が高いということだった。
例えば、アメリカの有名ミュージアムの館長は大学教授並のステータスを与えられているし、博物館への寄付金の額も莫大なものになるという。もちろん、各国の定める学芸員やキュレーターの職務には違いがあるため、単純比較はできない。
ただ、日本が持つ優れた芸術作品や文化遺産、歴史的資料をしっかりと収集・保管し、未来へと伝え残す非常に重要な文化活動に従事する学芸員の方々は尊敬されてしかるべき存在であることに間違いはない。しかし、日本では社会的認知度も低く、待遇も不安定な方々が多いと聞く。
そのため、現在オシロ社ではこのような現状をコミュニティの力で解決していけるような取り組みを進めている。
課題があるなかで変化の道を探る博物館
日本の博物館は現在、変化の時を迎えている。その大きな要因は、2023年に施行された博物館法の改正がある。
旧来の博物館法では、博物館の位置付けを社会教育法に基づく「社会教育施設」としていた。今回の改正では2017年に成立した文化芸術基本法に加えて2019年に京都で開催された国際博物館会議(ICOM)で提唱された理念「文化をつなぐミュージアム」に基づき「文化施設としての博物館」と位置付けることになった。
簡単に説明してしまうと、これまで博物館の主たる業務であった「資料の収集・保管」「調査研究」「展示」「教育普及」に加えて、資料のデジタル化を含むミュージアムDXや地域との連携による文化観光の促進などに注力することによって、付加価値の高い文化施設であることが求められるようになったのだ。
社会教育施設から文化施設へ。より開かれた博物館のあり方を唱える今回の改正は、ぼくのような市井の人間としてはとても好ましく、これにより博物館を訪れる人が増えて、日本の芸術や文化への関心が高まっていってほしいと思っている。
一方で、博物館が真に「文化施設」となっていくためには、多くの課題もあるのではないかと考えている。
最も大きな課題は、博物館の運営基盤の脆弱性だ。公益財団法人日本博物館協会の「令和元年度 日本の博物館総合調査報告書」によれば、回答した博物館の79%が「財政面の厳しさ」に課題を感じているという。
本調査が2019年10月に実施されたことを勘案すると、コロナ禍による休館や昨今の国際情勢の変化によるエネルギー高やインフレの影響を受ける以前から、すでに多くの博物館が収益上の課題を持っていた。そのため、現在はより多くの博物館が財政面で深刻な課題を持っていると予測される。
この要因には、博物館における資金調達の難しさがある。文化庁が2024年2月に公表した「博物館振興について」を見ると、博物館の入館料やショップの売上、施設の賃料以外の外部資金や寄付金による収入が占める割合は平均6.9%。これは米国の博物館が寄付金だけでも平均38%を賄っているのに比べると、大きく見劣りする結果となっている。国からの運営交付金が年々減少傾向にあるなかで、資金調達の手段が少なければ徐々に運営がひっ迫していくことは目に見えている。
このような不安定な財政基盤は、複合的な課題を引き起こす。その一つが人手不足だ。企業の経営でもそうだが、なにか新しいことをしていくためにはまず人手が必要だ。しかし、人材を揃えるための原資がなければ揃えられず、待遇を上げることもできない。実際、上述の「日本の博物館総合調査報告書」では73.2%が「職員数の不足」も課題にあげている。
今後、博物館が文化施設として高い付加価値を持ち、デジタル化にも対応していくためには若手学芸員の新規雇用も含めて学芸員の方々のスキル向上や養成も必要になってくる。この旨は改正博物館法の第十一項にも記載がある(博物館の事業に従事する学芸員などの人材の養成・研修を行うこと)が、継続的かつ安定した新たな資金調達源を生まないことには実現が難しい。
一方で、多くの博物館関係者の方々が新しい資金調達の方法を模索していることも事実だろう。2023年には国立科学博物館がREADYFORでクラウドファンディングを実施し、9.2億円もの寄付金を集めたことが話題となった。
しかし、下記の記事では篠田謙一館長が「CFは世間に訴える効果は大きいが長続きしない面もある。今後は運営を継続的に支援してくれる賛助会員などを増やしたい」と語っている。
もちろん、クラウドファンディングは苦境に陥る博物館にとって多くの資金を獲得できる機会を提供し、上記事のように素晴らしい成果をあげていることも事実だ。特にREADYFORは社会課題に特化したプロジェクトのみを扱い、より多くの当事者に資金調達の機会を創出している。そんな事業をつくる同社を、ぼくは尊敬している。
しかし、現在ではクラウドファンディングでも継続支援のメニューも用意されてはいるものの、継続してもらうためのリターンを用意するにもやはり人手は必要であり、支援の継続性やファンの熱量の広がりが生まれづらい状況にある。
だからこそ、われわれオシロ社はクラウドファンディング次の一手として、コミュニティの力によって、博物館の「未来をつくる」お手伝いをしたいと思っている。
オンラインコミュニティが博物館にもたらす「効能」
オシロが提供するコミュニティ専用オウンドプラットフォーム「OSIRO」も、サブスクリプションで継続した支援が受けられる仕組みだ。継続型クラウドファンディングと異なるのは、プロダクトとしての開発思想がファン個々人からの支援を創出するのではなく、継続性・発展性を念頭に置かれ「お金とエール」の両方が受け取れる点だ。
冒頭の通り、OSIROはぼくがアーティストを志し、挫折したことが原体験となっている。その時に痛感したのは、「お金とエールのどちらかが欠けていてもいけない」ことだった。お金だけでは一過性になってしまうし、エールだけでは食べていけない。だからこそ、OSIROの開発ではお金とエールを「継続的に」得られる仕組みの開発にこだわり続けた。
その結果、OSIROでは「人と人が仲良くなることで応援者を応援団にする」仕組みを構築している。「人と人が仲良くなる」とはつまり、コミュニティの運営者とファンだけがつながりを持つのではなく、ファン同士も交流する双方向のコミュニケーションのあり方を指す。
運営者を応援するために集まったファン同士が絆を深めることで応援団となり、互いの熱量を維持し合うことで、コミュニティの中では自律的な発信が生まれる。それが徐々にコミュニティ外へと滲み出ることで新たなファンが応援団へと加わっていく。このようなエコシステムがOSIROを導入するコミュニティでは生まれているのだ。
このようなコミュニティが生み出す効能は、博物館が文化施設となるための機能強化にも大きなインパクトをもたらす。例えば、コミュニティはサブスクリプションによって安定的な運営基盤を創出するだけではなく、博物館の価値発信や博物館としての活動の充実にも効果がある。
特に博物館の発信活動では所蔵品の解説や博物館の裏側、学芸員の方々をはじめとする運営者の人となりや想いなど多角的に発信していくことが望ましいと思う。しかし、最近のSNSでの炎上リスクや著作権侵害のリスクを加味すると、発信する担当者の心理的安全性は非常に低く、ジレンマを覚えている方も多いのではないだろうか。
オンラインコミュニティの場合は、発信する対象は基本的に運営者がコントロール可能であり、参加にあたって審査制を設けることも可能だ。また、コミュニティ内での双方向のコミュニケーションが取れるため、広報・発信活動で一般の方々が本当に求めているニーズやインサイトを知る機会にもなる。さらには、コミュニティ内でより良い文化施設としてのあり方を考え、共創する場の創出にもつながる。
さらにいえば、コロナ禍で進んだ収蔵品のデジタルアーカイブの利活用にもコミュニティは役立つだろう。現状、収蔵品のデータはパブリックドメイン化も進み、以前と比べて格段にアクセスしやすくなっている。しかし、デジタル化の後の有効な施策に悩んでいる博物館が多いのではないだろうか。
そこには上述のように収蔵品の著作権の問題もあるが、活用の仕方を誤ると収蔵品だけがいたずらに出回ってしまい、公益性に反する使い方もされる懸念があるからだろう。そのような点からいえば、オンラインコミュニティは範囲を限定したコンテンツの公開が可能であり、コミュニティに集まるファンにも有益性が高い発信活動が行える。
また、コミュニティではSNSのようなフローの発信だけでなく、ストックできる情報発信も可能だ。例えば、通常ギャラリートークやイベントは定刻・定員で限定的な学習機会の提供にとどまる。それをコミュニティ内で「オンラインギャラリートーク」などのコンテンツを設けることで、ファンは非同期に学芸員の方々のトークを聞き、新しい発見を楽しめるだろう。
あくまで一例だが、企画展の会期前にコンテンツを上げることで、ファンは来館前後で展覧会を予習・復習することができ、よりよい鑑賞体験を提供できる。展覧会への集客にもつながると同時に、来館後のフォローアップまで可能になるだろう。つまり、実際に博物館を訪れて、鑑賞体験をしている時だけでなく、来館前から来館後にもつながりの場を設けることで、ファンが熱量高く語り合える機会をも創出できる。
このような動線をオンライン上に創出することは、新規来館者の獲得だけに効果があるわけではない。現状博物館を支える賛助会員や友の会の価値向上が可能となる。例えば、賛助会員や友の会にはコミュニティ内での特典を設けることによって、加入を促進することにもつながる。
また、賛助会員には個人会員もいれば企業会員もいる。コミュニティ内に企業の賛助会員がいることで、博物館とファン、そして企業での意見交換の場やアクティビティを設けることで、賛助会員制度の「博物館を起点とした共創機会の提供」という付加価値向上にも貢献できるだろう。
このように、現在考えられるだけでも博物館がOSIROを導入した際にできることは非常に多く、また博物館が持つ魅力や資産を、まったく新しいかたちで価値提供できるポテンシャルを持っている。
OSIROは博物館に本来の意味でのミュージアムDXを支援できると考えているし、「日本を芸術文化大国にする」の実現を目指すオシロ社としても、ぜひ新しい博物館のエコシステムを創出する一助になりたいと考えている。
真のウェルビーイングの実現には、芸術文化がもっと必要だ
今回は、ぼくが考えている課題について語りたいと思ったため、どうしても熱い想いで書き綴ってしまった。しかし、「日本を芸術文化大国にする」と本気で考えているし、これは自分自身の天命でもある。だからこそ、真剣に博物館を応援したい。
最後に、OSIROを導入いただいているお客様であり、ぼくがミッションにかける想いがさらに強まった事例を紹介したい。東京藝術大学 社会連携センター特任教授の伊藤達矢さんが創設した産学官の共創プロジェクト「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」だ。
「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」は、大学、企業、自治体など39の機関がともに「文化的処方」の開発・実装に取り組み、超高齢社会の孤独・孤立の解決を目指す大型プロジェクト。文化的処方とは、アートと福祉・医療・テクノロジーを融合させ、多様な人々と社会とを結ぶアートを介したコミュニケーションを用いて、個人の生きがいや尊厳に直結し、人が人として生きるための体験のことをいう。
ぼくは伊藤さんが掲げるプロジェクトの壮大さ、文化的処方の意義に感激し、オシロの目指すミッションとの共鳴を感じた。現代はテクノロジーの発達によって効率的で利便性の高い社会になっていると思う。その一方で、現代では「人と人のつながり」を実感する機会が減りつつあり、心の豊かさを養う場の価値も高まっていると感じている。
文化的処方が提唱する考えのように、われわれ人類が真のウェルビーイングを実現するためには、さまざまな知見を融合したうえで現代に即した個人の生きがいや尊厳を獲得していく必要がある。そのためには、日本の芸術文化はまだまだ振興していく必要があると思っているし、さまざまな分野や人と連携し、共創していくことで生まれるインパクトはもっと大きくなると確信している。
だからこそ、博物館の方々がOSIROを導入する際には、幅広い導入手段も確保するつもりだ。例えば、一つの博物館が単体でコミュニティを醸成していくのはもちろん、地域や交流のある複数の博物館や自治体などがネットワークを形成し包括的な取り組みを進める場合もあるだろう。そのような場合でも、可能な限り柔軟に対応し、共創を加速させるようなコミュニティ運営のあり方を支援していくつもりだ。
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