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成長する国で育まれる起業家精神と若者のエネルギー【第24回日経フォーラム 世界経営者会議_リッポー・カラワチ CEO ジョン・リアディ氏】

ありがたいことに、今年も日本経済新聞が主催する『第24回日経フォーラム世界経営者会議』をオンライン視聴させていただく機会を得ることができた。世界に名だたるグローバル企業の経営者による講演は、非常に聞きごたえがあり、どれも素晴らしいものだった。その中でも、『第24回世界経営者会議』を視聴して、特に気になったスピーチを5つ選び、考察をしていきたい。
第2回目は、インドネシアの上場企業リッポー・カラワチ CEO ジョン・リアディ氏による「ビジネスチャンスの国、インドネシアが育む起業家精神」だ。

25年前には存続さえ危ぶまれたインドネシアの成長

まず、考察に入る前に、ゲストであるリッポー・カラワチという会社について解説したい。インドネシアには凡そ30の財閥があり、その中でも特に影響力の大きな財閥が13あると言われている。その中で、不動産開発や投資事業の分野を得意とするのがリッポー・グループだ。リッポー・カラワチは、リッポー・グループの中で不動産部門に位置し、インドネシア最大の企業でもある。シンガポール証券取引所に上場する大企業だ。なお、カラワチとはジャカルタ郊外にあるカラワチ地区のことを指す。
現在は飛ぶ鳥を落とす勢いで知られるインドネシアだが、25年前はまったく逆の評価を下されていた。1997年にタイを発端として始まったアジア通貨危機の影響は大きく、IMF管理下に置かれるまでとなる。各地で暴動や反政府運動も多発し、富裕層の多い華僑の虐殺事件も発生している。1998年には、32年間の独裁政権で知られたスハルト大統領が責任を取って辞任に追い込まれたほどだ。
しかし、そのような状況も2010年代を過ぎてから急変する。2億人を超える人口と平均年齢が20代という若い労働力に着目して、多くのグローバル企業が生産拠点を立ち上げ、それに伴ってインドネシア経済全体が引き上げられた。2014年にジョコ・ウィドド大統領が就任してからは、外資を誘致するだけではなく、インドネシアの地場企業も急激に成長するようになった。
インドネシアの起業シーンはアジアでも有数なほど活発だ。国内にユニコーン企業が7社あり、日本企業の6社よりも多い。長年、日本はインドネシアよりも多くのユニコーン企業を抱えたことはない。中には、ユニコーン企業の選定基準の10倍の評価額(100億ドル)を持つデカコーン企業と称されるJet Expressも含まれている。日本にはデカコーン企業は存在しない。
それだけではなく、インドネシアには日本の4倍以上のベンチャー企業が立ち上がっている。その分、世界中の投資家や投資機関がインドネシアに集まっている。

「はじめて」が起業の種になる

ジョン・リアディ氏の講演では、「はじめて」が多いことがインドネシアの成長の源泉となっていると語る。「家族で初めて大学卒が出た」「はじめて飛行機に乗った」「はじめて海外旅行に行った」「はじめて和牛を食べた」インドネシアの若者にとって、「はじめて」の体験からくる感動は大きく、エネルギーは莫大だ。
誰にでも人生の初めてはある。しかし、「はじめて」の希少さから生まれるエネルギーの大きさは先進国に住み、モノや体験に溢れた日本では感じにくいものだ。私自身の実体験でも、インドネシアに行くたびに至る所で感じる。「日本のうどん屋が街にできたんだ!丸亀製麺って言うんだ、すごいでしょ。日本のうどんが食べれるなんて最高だ。」と語るインドネシアの若者のパワーがそのまま、新しいビジネスを生み出す種になるし、新しい市場を創り出す消費者のニーズにもなっている。

「はじめて」が溢れる日本の地方のポテンシャルは高い

さて、日本に翻って見てみると、「はじめて」の体験にエネルギーを燃やす若者がどれほどいるのかと不安な気持ちにもさせる。特に、「さとり世代」と言われるZ世代は、とにかく燃え上がることが難しい。しかし、だからといって日本の若者にとって、燃え上がる「はじめて」の体験がないかというとそうでもない。
私の生徒で「牧草のみで育てた脂肪の少ない肉牛(グラスフェッドビーフ)の市場を作りたい」という夢を掲げて活動している若者がいる。一般的に、日本の牛肉は霜降りと呼ばれるように脂肪が多く、サシが入っている方が良いとされる。しかし、カロリーの少ない牧草で育てた肉牛はいわゆる赤身肉で脂肪分が少ない傾向にある。同じ牛肉でも、通常の方法で育てた和牛と牧草のみで育てた肉牛では味が全く異なってくる。日本人にとっては馴染みのない味だ。
農業経営を研究テーマとしている彼にとって、欧米で食べられている赤身肉の美味しさは「はじめて」の感動だった。しかも、牧草で育てる肉牛は動物福祉の観点からも、サステナブルの観点からも優れていると、欧米を中心として関心が高まっている。(サステナブルの観点では、カロリー豊富な餌を与えることで早期成熟させる従来の方法の方が、出荷できる大きさになるまで時間をかけて育てる牧草牛の方がメタンの排出量が多いということで反対意見もある)日本の新しい畜産の在り方で、農業ビジネスが変わるのではないかと言う「はじめて」も、彼にとって大きな原動力となっている。
牧草牛肉という「はじめて」の味との出会いと、動物福祉とサステナブルを考える「はじめて」の畜産経営という2つの「はじめて」の出会いが、彼を燃え上がらせ、エネルギーとしている。このエネルギーは、インドネシアの若者から感じるエネルギーと比べてもまったく遜色ない。

「はじめて」への餓えが若者の起業家精神を育む

世界最大の都市圏であり、先進国で最も首都圏一極集中が進んでいる東京では、なんでも手に入るがゆえに「はじめて」の体験を手に入れるハードルが低い。言い換えると、餓え(ハングリーさ)が育ちにくい。
日本であっても地方都市ではそうもいかない。地元は至る所に課題が溢れ、新しい体験をしたくても東京と比べて機会も少なければ、コストもかかる。東京では丸の内や六本木のステーキハウスに行けば楽しむことができるNY式の牧草牛のステーキも、地方では本当に欧米に行かないと「はじめて」を体験することができない。
しかし、「はじめて」を体験するハードルの高さが餓えとなり、実際に体験できたときに莫大なエネルギーを生み出す源泉となる。そうすると、若者が餓え、そしてそれが満たされたことから生まれるエネルギーが建設的に消費されるように支援するのが大人の役割だろう。
若者の「はじめて」から生まれるエネルギーを起業家精神に転換すること。その仕組みを作ることができれば、日本の地方はポテンシャルの宝庫と言って差支えがないのだ。

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