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サステナビリティ時代のグローバル経営とローカル経営〜世界経営者会議からの示唆

最近はSDGsバッジをする人も影を潜めてしまいましたが、サステナビリティ時代への転換が当たり前になったからでしょうか、あるいは、一時の流行が過ぎて、忘れかけてしまったのでしょうか。グローバル企業はいま何を考えているのか、日経新聞の世界経営者会議に注目しました。

サステナビリティ時代のグローバル経営

日経新聞主催の世界経営者会議のなかに、三菱ケミカルグループ社長のジョンマーク・ギルソン社長の「未来を拓く科学・技術と、変革のリーダーシップ」というセッションがありました。聞き手が、私も交流の深いIMDの高津さんでしたので、グローバル企業の経営がサステナビリティ時代のその先をどう見ているか、エレガントに深掘りしてくれるだろうと興味深く聴きました。

ギルソン社長は今年の2月、三菱ケミカルグループの「Forging the Future(未来を拓く)」という3年間の新経営方針を発表しました。世界的な脱炭素の要請に対応したもので、「イノベーションによってKAITEKI(快適)を生み出し、人々のウェルビーイングを実現するためのもの」と語りました。

私は、この戦略ビジョンを聴いてワクワクしたのですが、その具体的な施策は、決してイノベーティブと呼べるものではありませんでした。まず、会社の組織をシンプルにすること。次に、コスト削減。いくつかの事業撤退。そのうえでの有機的な成長。それを実現するための組織風土の醸成と、次世代のリーダー育成。これらを自分の在任期間中にしたいと語りました。

「え?それだけ」と私は思いました。経営の基本のキの話ばかりじゃないか、と。もっとイノベーション戦略であったり、KAITEKIを実現するための共創戦略とか、ウェルビーイングを戦略的にどう高めていくかといった、最先端の話をするのかと思ってた私は、拍子抜けした気持ちでした。

そして対談を聴き終わってからも、私はしばらくもやもやと考えていました。そして気がつきました。そっか、これがプロの経営者の仕事なんだなぁ、と。つまりギルソン社長は、イノベーションやKAITEKI、ウェルビーイングについて、社員がのびのびと考え実行していくための環境づくりをしているのだと。これは、その会社で働く社員を信じているからこそ、在任期間中にプロ経営者として自身のやるべき仕事に集中しているんだと、気がついたのでした。

サステナビリティ時代のローカル経営

ギルソン社長の示した通り、グローバル経営のスタンスは、サステナビリティ時代にあっても、「企業の効率性を高め、有機的成長を遂げるための組織風土とリーダーシップをつくっていくこと」です。グローバル企業が脱炭素などの世界基準を前提に効率化を進めることで、結果的にバリューチェーン全体の脱炭素化が効率的に進んでいきます。これがグローバル企業のサステナビリティに対する貢献になるわけです。

これに対してもう一つ、サステナビリティ時代の「ローカル経営のあり方」があると考えています。

多くのローカル企業は、小さな市場のなかで自社事業を守っています。そのため、上記グローバル企業のような組織再編、コスト削減、事業撤退をしていたら、どんどん事業規模が小さくなっていき、「これ以上コストも下げられない、市場も伸びない」という悩みのなかにはまってしまいがちです。

そこで、ローカル企業が注目すべきは、グローバル企業が「バリューチェーンに働きかける」戦略をとるのに対し、「地域に働きかける」戦略をとることです。

たとえば京都でサステナビリティに真摯に取り組む布団屋さんがあります。自社の布団を長持ちさせるために打ち直しのサービスを行い、さらにどうしても使えない布団は引き取り、リサイクルに回します。さらに自社の脱炭素化も進めています。こうして廃棄と炭素排出のない布団屋さんをめざしています。

これだけでも素晴らしいのですが、社長さんは「これでほんとうに社会インパクトを出せているのだろうか」と悩んでいます。そうなんです、そこにローカル企業の「地域に働きかける」戦略のヒントがあります。

この布団屋さんは、次の段階で「京都のすべての布団の廃棄をなくす」というビジョンを立てることができます。「そんなこと、ローカル企業にできないでしょう」と思うかもしれません。もちろん、一社の力ではできません。では、どうしたらいいのでしょうか。

ローカル企業の発揮すべきスローリーダーシップ

ここで、スローリーダーシップの登場です。「私は京都のすべての布団の廃棄をなくせると信じている」という「心の旗を立てる」ところから始めます。そして、「どうしたら、京都のすべての布団の廃棄をなくせるだろうか?」という問いをもって、京都中の布団屋さんに話を聴きに行きます。こちらのアイデアを説得するのではなく、ただただ他の布団屋さんがこの問題についてどう考えているか、どんな想いがあるのか、聴いて聴いて、聴ききるのです。

他の布団屋さんで協働してくれるところも現れるかもしれません。どうしたらうまくいくのか、教えてほしいという布団屋さんもいるかもしれません。こうして地域全体で社会価値を生み出していくことができれば、これはローカル企業にしかできない共創戦略になるわけです。古い話になりますが、黒川温泉は露天風呂のつくりかたを地域全体に広めることで、温泉地全体のブランド価値を圧倒的に高めました。サステナビリティをテーマに、黒川温泉の入湯手形のような地域イノベーションを起こしていくことが可能になるのです。

サステナビリティの時代にあって、グローバル経営のやり方(ファストリーダーシップ)をとるか、ローカル経営のやり方(スローリーダーシップ)をとるかは、経営者のあり方によるかと思います。どちらが良いか悪いかではなく、戦略オプションとして両方を持っていることが、これからの経営者にとって重要なことではないでしょうか。

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