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言語論的肩書論 〜#肩書を複数持つ必要ありますか?

お疲れさまです。uni'que若宮です。

日経新聞連動のお題でこんなのが出ておりますので、肩書を複数持つ身として「肩書」について書きたいと思います。

まず、#肩書を複数持つ必要ありますか? という問いについての僕の答えはこうです。

不要な肩書は複数持つ必要はないが、肩書から見えてくるものもある。

以下にその理由を無駄に論文っぽく説明します。

1.共時的肩書

我々はまず肩書の中に「共時的肩書」とでも言うべきものを認める。

「肩書」とは英語では「タイトル」というが、作品のタイトルがそうであるように、基本的にあるものを他と区別し、その存在のユニークさを示すための記号である。

「ユニーク」とは「uni=一つ」っぽさ、すなわち「一性」ということだから、「肩書によって存在が一つに同定される」というのがその本質的機能となる。

たとえば今この瞬間の世界の断面を切りだし、あらゆる存在を構造的に並べた場合に、肩書はその存在を「一つ」に同定するために役立つことが求められる。これは多数の人の中から、特定の存在を「絞り込み」によって同定することである。

共時的肩書は、さらにa)スカラー的肩書あるいは位階的肩書とb)ベクトル的肩書あるいは種別的肩書の2つに分類される。

a)スカラー/位階的肩書

「位階的」肩書とは種類のちがいによってではなく、大きさや位によって他者と差別化するものである。

企業のピラミッド構造でもそうであるが、位階があがっていくとそこに含まれる成員の数が減り、一性に近づく。円錐の底面と頂点近くの面積とを比べてみれば分かる通り、上位に行くほどにその面積は絞りこまれ、やがて頂きの一つの点へと集約される。

企業の名刺にも多くの場合、「部長」「社長」などの位階的肩書が付加されている。そして上位の肩書ほど同じ肩書に属する人は減り、一性として特定可能な肩書となる。(「御社の社長」と「御社の部長」では前者の方が一性が高い)

また、「スカラー的」というように、職位名でなくとも量や大きさで他者と差別化する肩書は原理的にこれと同様である。たとえば「ミリオンセラー作家」という肩書は、そのレベルに到達し得ない凡百の作家と差別化することで彼を「一性」へと近づける。

b)ベクトル/種別的肩書

これに対し、「種別的肩書」とは量ではなく質的に差別化する。またも企業の例を出せば、たとえば「経営企画部」や「デザイン室」といったような機能での分類がそれである。位階的肩書が大きさや量しかもたないスカラー的なものであるのに対し、種別的肩書のそれぞれはそれぞれ異なる方向性をもつ。ベクトル的といわれるのはこのためである。

そして、多くの企業の名刺に刷られた「デザイン室室長」のように「種別的肩書」を「位階的肩書」と組み合わせれば、縦軸と横軸から存在を同定できるわけである。ただしこれは肩書の組み合わせではあるが、「複数の肩書」というには及ばない。むしろ組み合わせとして機能する「一つの肩書」とみるべきである。

一方、位階的肩書との組み合わせによらず種別的肩書の一性を増加することも可能である。それは下記の模式図のように複数の種別的肩書のベン図的な重ね合わせによる。

たとえば「デザイナー」という肩書だけであれば日本国内でも数十万人がこれに相当する。そこにもう一つ「マーケター」という肩書が加われば、その双方に当てはまる者は「絞り込み」によって少なくなり、一性を増すことができる。

ただし、種別的肩書を複数持つに当たり注意すべきなのは、それがつねには「絞り込み」に寄与しないということである。

一つ目に「または(∪)」の罠がある。ベン図において「絞り込み」に寄与するためには「かつ(∩)」である必要があるが、これを「または」にしてしまうと、かえってその焦点はぼやける。「デザイナーもできますし、マーケティングもできます。っていうか大体なんでもできます」という風に種別的肩書を並列させる人が時々いるが、それは「絞り込み」に有効ではないし一性を高めない。むしろどの領域においても二流だと吐露しているにすぎない。

重要なのは「かつ」の掛け算である。「クリエイティブ・マーケター」とか「マーケティング・デザイナー」とかいうように、デザイナーのスキルとマーケターのスキルを掛け合わせ、その双方を持つものだけが実現できる価値を生み出すことができれば、「デザイナー」とも「マーケター」とも異なる種別として一性が高められる。

また、もう一つの罠として「空集合(∅)」の罠がある。ベン図の「かつ」においては双方の円の距離が遠いほど一性が高まるが(デザイナー/イラストレーターの組み合わせよりデザイナー/マーケターの組み合わせの方が差別化に有効である)、あまりに遠いものの場合、重なりがまったくなく空虚な組み合わせとなってしまうのである。

故に種別的肩書を複数保つ場合には、①「かつ」の掛け算を心がけ、②適度に遠いがまったく無縁ではない肩書を並べることが重要である。

2.通時的肩書

1.で述べたのが現在の断面における「共時的」な「絞り込み」だとするなら、もう一つ「通時的肩書」というものが考えられる。

簡単にいえばこれは時間軸を考慮することであり、「現在」における「肩書」だけではなく「過去」そして「未来」の肩書との関係を捉えるということである。

「現在」に関しては1.で述べたような「共時的」な「絞り込み」があるが、その人個人の「ユニークさ=一性」を見出す上では当然、過去のその人の歴史もこれに寄与する。すなわち「クリエイティブ・マーケター」という集合が何人かいたとしても、彼らがまったく同じ歴史を経てそこにたどり着いたわけではないから、過去の経歴を現在の肩書とをつなぐことで、さらに一性が強化できるわけである。東大卒のクリエイティブ・マーケターと元けん玉チャンピオンのクリエイティブ・マーケターとではスキルや価値の特性や指向性が異なる。

そしてさらに、「未来」の肩書が加えられる。これは単に「将来こんな仕事をしたいなあ」というのではなく、いま世の中にある肩書では表わすことのできないような、ユニークなポジションを占める肩書であり、その人が自ら自身の一性を元に「名付ける」ような種類の肩書である。

この「未来の肩書」はもちろん、根拠なく生み出されるものでは決して無い。この肩書を「名付ける」ことができるためには、少なくとも現在において、共時的にユニークな存在になっていることが必要である。未来の肩書は現在の一性を投影した上で、既存の肩書の枠組みでは分類不可能な独特のポジションを「宣言」することによって生み出される。(裏返せば、ある人の活動が十分にユニークになると既存の肩書では足りなくなり「未来の肩書」が要請される、とも言える)

これは二重の意味で「未来」的である。ひとつにはすでに述べたように現時点では存在しない種別的肩書を作りだす、という意味でであり、そしてもう一つにはそうして生まれたその肩書が、その人の未来の行動の方向性を照らす北極星となるという意味においてである。

このように、通時的肩書においては、過去ー現在ー未来のそれぞれの時点の共時的位置を結ぶことで「星座」が形づくられる

これこそがかつてアップル社の創業者が名付けた「Connecting The Dots」に他ならない。そしてこの星座は、天球の無数の星の中からある星座が見いだされるのと同じように、星々を「選ぶ」ことによってはじめて星座となるのである。たとえば過去の様々なできごとのうち、どれが自らの星座を形成する星であるのかは自明ではなく、現在との関係によって選択的に変化しうる。(過去には「星」だと気づいてはいなかったものが「星」になることもありうる)

結: 肩書の銀河系

以上述べたように、「肩書」と一口にいっても、a)位階的肩書やb)種別的肩書を含む1)共時的肩書と、過去ー現在ー未来へと向かう2)通時的肩書とが存在する。

重要なことは、これらの肩書は「選ばれ、見出される」ことができるということである。ここにいたって肩書は能動的な価値を獲得する。冒頭で述べたように、世界の中に自己を一性として同定する「タイトル」としての肩書を選ぶことは、「世界において自らのユニークさを発掘する作業」にほかならない。

こうした分析を経て改めて冒頭の問いに答えるなら、以下のようになるであろう。

・複数の肩書は、その人の一性の特定に有用である限りにおいて必要であり、それに寄与しない肩書は焦点をぼかすため不要である。

・どのような肩書を組み合わせるか、それによりどのような星座をつくるのか、は「選ぶ」ことができる。

・選ばれた星座によって新たにその人の一性が構成される。

「肩書を選ぶ」作業自体がその人のユニークさを改めて見出す契機となる。人があり、それを表わす肩書がつけられるのではなく、肩書がその人を見つけるのである。(我々はこれを「肩書論的転回」と呼ぼう)

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無駄に論文っぽく書いてみましたが、要は「肩書」って会社や誰かから「与えられる」ものだけでなく、自分自身で主体的に「選ぶ」ことができる、動的なものなのだと思うのです。

たとえば僕自身の例でいうと、「起業家」というだけならたくさんの起業家がいます。位階的にはたとえば上場した起業家やその時価総額の大きさで一性を高めることもできるでしょうが、「複業」という肩書を掛け算することで自分らしい「絞り込み」も出来るのです。

そして通時的には、さらにそこにアートの研究者であったという過去の肩書とつながり、『ハウ・トゥ・アート・シンキング』という本を出版することになりました。そして起業家×複業×アートからつながる「未来の肩書」として、「アート思考キュレーター」という肩書ができました。過去から未来へとつづくこの星座が見いだされたことで、ビジネスとアートを結び、アート思考観点からアートの面白さを紹介していくことをこれからやっていこうとしています。

みなさんも一度、共時的通時的な観点から「肩書」の棚卸しをし、自分の星座を形作る肩書の星々を選んでみてはいかがでしょうか?それはきっとあなた自身のユニークさを見つけ、あなたのこれからを照らすものとなってくれるはずです。

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