Yen-passingとレンジ打破に必要なこと
Yen-passing
2019年の為替市場では「動かない相場」については様々な議論が交わされてきました。寂しいことではありますが、メディア報道やアナリストのレポートにおいても「なぜ、動かないのか」というテーマでの考察が多く見られてきた年でした。ドル/円相場の2019年の高値・安値のレンジは8.30円、東京市場のスポット取引高も1.5兆ドルと共に史上最低でした。国際決済銀行の調査などを見ても円や東京市場の取引シェアは目に見えて低下傾向にあります。「動かない」以前の問題として「見られていない」、素通り(passing)されているという事実に目を向けるべきかもしれません。為替が安定していること自体、民間部門の経済活動にとってポジティブなことに違いありませんが、それが円や東京市場の存在感低下の結果であるとしたら、やはり残念なことであります。Yen-passingは為替市場の問題のみならず、東京ひいては日本の金融市場にとって考えるべき契機を与えているようにも感じます。
レンジ脱却に必要なもの
昨年までに「動かない理由」として巷で列挙されてきた理由をまとめると主に4つほどの論点が考えられます。それは今述べたように①そもそも円や東京に関心が無いことはあるでしょう。それ以外では②日本に戻る外貨が減っていること、③米金利が相対的に高いこと、④AI取引が流行っていること、などが考えられます。①~③については近年の為替市場では頻繁に取り上げられてきたテーマです。また、筆者は④についてよく知りません。しかし、人の目で追える相場展開は「小数点第2位までの議論」に終始しがちではあるが、AI取引を通じて小さな鞘を抜き、それを積み上げる戦略では「小数点第4位までの議論」が意味を持つようになると言われています。それゆえに、「動かない」というのはこれまでの取引慣行に浸かった人間の立場からの体感であって、AI取引を主軸とするケースにおいては必ずしも「動かない」わけではないという事情もあるという議論があります。まさに「動かない」を新常態として受け入れよ、という興味深い指摘です。
多くは構造的要因だが・・・
結論から言えば、③以外は構造的な要因であり、容易には変わらない印象が強いでしょう。とりわけ②で指摘する日本の対外純資産構造は本邦企業部門による旺盛なクロスボーダーM&Aの結果としてはっきりと変化しており、日本から出て行った外貨が円に戻り難くなっているのは統計上、確かな事実です。金融危機後に猛威を振るった「リスクオフの円買い」が影響力を失っているのは、そもそも「それほどリスクオフではないから」という根本的な問題もあると筆者は感じていますが、機動的に円転できるような対外純資産が相対的に減っているからという面もあるはずです。国内の投資機会が減少していることを思えば、こうした対外経済部門の構造変化は2020年以降も変わらないどころか、一段とその傾向が強める可能性すらあります。そのほか①で指摘する日本円や東京市場の不人気や④で指摘するAI取引の隆盛も1~2年で簡単に変わるものではないでしょう。
となると、やはり2020年にレンジ相場を打破できるとしたら③の論点に変調がみられた場合と考えるのが妥当でしょう。それは即ち米金利がさらに下がって、「相対的に高金利のドル」という立ち位置から、その他大勢に紛れる通貨になってくるかどうかです。
3回利下げ。1年は誰も思っていなかった
これは米国ひいては世界の経済・金融情勢をどう読むかという基本的ですが、大きなテーマに絡む話ですので今回の本欄では詳述を控えます。
しかし、頭の体操くらいはしておいても良いとは思います。現在の米国の政策金利である1.75%はカナダと並んで先進国では際立って高いものです。ですが、例えば昨年と同じ3回の利下げを経験した場合、これは1.00%になる。1.00%はニュージーランドと並び、オーストラリアや英国(共に0.75%)とも肉薄します。そうなれば「米金利が相対的に高いから」とは必ずしも言えなくなってくるでしょう。レンジ相場(≒ドル高止まり)の理由はあくまで「円やユーロの金利がマイナス圏にある一方、ドルの金利が2%弱ある」という歴史的に経験のないドル建て資産に有利な環境も寄与したはずです。
もちろん、現時点で米国が今年3回の利下げに至ると考えている市場参加者は少数派でしょう。とはいえ、1年前、米国が3回利下げすると考えていた市場参加者も少数派だったはずです。少なくとも今年は昨年よりも利下げを警戒する向きは多いのではないでしょうか。昨年の本欄でも議論したように、企業業績が悪化しても主要株価指数が断続的に史上最高値を更新しているのは実体経済対比で政策金利を低く据え置いている(またはこれからも据え置かれるという期待)が寄与しているからでしょう。ゆえに、高止まりする株価は修正を迎えやすく、そうなった場合のFRBへの期待も必然高まらざるを得ないと思われます。
FRBが如何に大義を振りかざしたところで、予防的利下げは結局のところ、「株価下落を予防する利下げ」であり、雇用・賃金情勢が大きく崩れなくても、年内に再び利下げ軌道に復することは考えられます。昨年10~12月期における米株の上昇に行き過ぎ感を覚える向きは決して少なくないはずです。株価下落に端を発する米金利のさらなる低下が為替市場にボラティリティをもたらす展開は絵空事ではないと私は思っています。
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