「分かりやすさ」と引き換えに失われる豊穣さにも目を向けよう
ロンドンの秋は寒い。寒いといっても、気温が氷点下になるわけではない。12月初旬で、せいぜい5℃から8℃といったところだ。
東京でも朝はそれくらいの寒さになることがある。だからついうっかりしてしまうが、寒さの質が違うのだ。湿度は比較的高く感じるし、東京のように空っ風が吹くわけでもないので、意外と最初は気持ちよく感じるのだが、気が付くと底冷えしている。そんな寒さである。
なぜロンドンの話になったかというと、11月末から12月初旬にかけて当地に訪れていたからだ。ロンドン大学(UCL)のブロックチェーン技術センター(Center for Blockchain Technologies)のワークショップがお目当てだ。
Web3に関する国際的ワークショップ
今回参加したのは、P2P Financial Systems 2022 | 8th International Workshopと呼ばれる会合であり、欧州を中心に各国からブロックチェーン/Web3分野の研究者や実務家が集まり、最新の取り組みや研究成果を発表した。
今年はDeFiやステーブルコイン、ESGなどが中心的なテーマであったが、特に最新の研究の発表は、ステーブルコインTerra/Lunaの崩壊の経緯をデータを基に詳細に分析したものや、DeFiの一つ、UNISWAPにおける収益性と安定性を数理的に分析したものなど、非常に聴きごたえのあるものだった。
それと同時に、文理融合の学際的なものでもあり、また実務家と研究者が混在した場であるため、発表に付いていくのもかなり大変だったというのが正直な感想だ。法的な論点に関する発表もあれば、Ethereumのフルノードを持って、Mempoolと呼ばれるメモリ上のデータの分析まで行うようなものもあり、発表の多様性が一つの特徴であった。
とかくこの業界では、期待論か、危険論・規制論かの二項対立になりがちであるが、それらとは一線を画して客観的に深掘りしていく姿は印象的であった。
モンドリアンに見るオーガニックな豊穣さ
ところで、帰国日のフライトまでの待ち時間を利用して、テート・モダンでモンドリアンのコンポジションを見る機会に恵まれた(筆者はアート思考の研究も行っている)。モンドリアンといえば、直線と原色の配置が特徴的で、現代美術の中でも特に抽象画において重要な位置を占めている。(著作権の関係で写真を掲載できないため、作品に興味のある人は以下のページをご覧頂きたい。)
原色というのは、いわゆるベタっと塗られた赤、黄、青などが配置され、それぞれの色は「記号」として画一的な役割を与えられているものだと思っていたのだが、実際の作品を観たら、全く違っていた。
それぞれの赤、黄、青などは、しっかりと絵筆で塗った跡が残っており、そこには記号化・抽象化された「原色の一つ」ではなく、画家が塗った時の力加減や、絵筆の毛、絵の具の感触などを見て取ることができた。
そこで感じられたのは、抽象的な配置だからこそ、浮かび上がってくる「オーガニックなものの豊饒さ」である。工業製品であれば、単色は一つの色かもしれない。しかし、人間が、自然の素材のもので描いたものには、無限の多様性が含まれる。
「分かりやすさ」で抜け落ちるもの
ワークショップの話に戻ると、今回の学際的で、実務と研究が混在した発表は、理解するのに苦労し、決して「わかりやすい」ものではない。しかし、ブロックチェーン/Web3の業界の動向も、現実として、決して「わかりやすい」ものではないのである。革新的なところもあればリスクもあり、洗練されたところもあれば未熟なところもある。
期待論か、危険論かというポジションを取ることは確かに分かりやすいし、それぞれにおいて理由1,2,3というように説明することもできるだろう。しかし、分かりやすさと引き換えに、抜け落ちる現実の豊饒さがあるということにも、目を向ける必要があるのではないだろうか。
ロンドンの寒さは数字では表しにくい。しかし肌で感じるものが現実なのである。