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仕事の3コツは「まず始める」「壁打ち」「実際にやってみる」

今回のCOMEMOお題はこちら。

このお題は3月19日に発表された。本日は4月6日なので、筆者は18日前にこのテーマを知ったことになる。
その間、なんとなしに「こんな方向はどうだろう」「こんなネタもある」などと色々思いついてはいたのであるが、本日「さぁ記事を書こう」とPCの前に座るまでは、構想や方針と呼べるものは立っていなかった。
しかし、いざキーボードを叩き始めると、急スピードで方針が立ってきた。すなわち掲題の3コツで文脈を作ろう、とか、それ以外のことは別の機会に違う文章にしよう、とか、それぞれの「コツ」を語るエピソードとしてこれを使おう、といった具体が決まってきたのである。

これに類したことは、仕事や日常生活でもよくある。作らなければならない資料をしばらく放置していたのが、いざ描き始めたら一気に仕上がる、とか、締め切り間際まで放置しいてた論文・宿題などを一気にやっつける、といったようなことだ。

これは、いざ手を動かして「思いつき」を文章や絵などの具体的な目に見える形にすることによって、その次は何に繋げれば良いか、抜けや穴がないか、といったことが芋蔓式に見えてくるので、どんどん仕事が進む、ということなのだと思う。

逆に言えば、手を動かす前はテーマに関連した色々な想起はあれど、それらは仕事と言えるフォルムを成していない、文字通り思いつきの域を出ないものである。

であるならば、お題を知ってから着手するまでの間は、最も貴重なリソースである時間を溶かしているのにも等しい。仕事のコツ、一つ目として「何はともあれ、まず始める」ということを挙げたい。

ところで、人間の持つバイアスの一つに「利用可能性ヒューリスティクス」というのがある。これは人は何かを考えたり評価したりするときに、手近に想起することをベースにしてしまう、という傾向のことである。
これは種としての性質の一つなので、仕事をしている時だろうが、人はその影響を受ける。
では、どんな影響が考えられるか、というと、それは「企画や施策のタネとして着想できることが、自分の周辺のことに限定されがちになる」ということだ。そして、個人が自分周辺のこととして経験できることなど、非常に限定的である。

であるならば、一人より二人、二人より三人の見聞や思考をベースに考えた方が、アイデアのバリエーションも豊富になるに決まっているし、速度だって速くなる。仕事のコツ、2つ目として、率先して職場の仲間や友人と、仕事の壁打ちをしよう。

さらに。

CHAT GPTに何か問い、返ってきた答えが非常に網羅的で驚いたことはないだろうか。
これは、GPTが人間とは違い、広く学習している上に、利用可能性バイアスに影響されないので出来る芸当である。
つくづく、良い時代になったものだ。友人や同僚の時間を借りずとも、膨大な知識を、バイアスにとらわれることなく操ることができる怪物が誰でも使える世の中。使わずんば勿体無い。

3つ目の話に移ろう。

あなたの周りの仕事の作法や流儀は、オーバープランニングになっていないだろうか?

ここでいうオーバープランニングとは、資料の精度や完成度に非常にこだわり時間をかける、ターゲット選定やそのリスト作りを繰り返し実際の顧客訪問はなされない、といった状況のことである。
プランニングの精度を上げたくなる気持ちはわからないではない。だが、プランニングはある程度の完成度になったら、今度は足を動かし、実際に顧客にぶつけてみた方が、結局はプランニングの精度向上も速くなる。なぜならば顧客から得られるフィードバックが、自分が机上でプランニングしていたのでは得られない気づき・情報としての改善ポイントとして機能するからである。

「現場主義」という考え方がある。これも机上で考えるより、顧客や消費の現場に赴き、そこで作用している機序を理解したり、まだ見ぬ機会点を見出したりした方が良いし、速い、ということで、オーバープランニングを戒めているものだと思うが、ここで一点注意すべきことがある。

それは、当たり前と言えば当たり前ではあるが、漫然と現場を観察してもあまり気づきは得られない、ということである。
では、漫然とではない現場観察とは何か、ということになるわけだが、その答えとして、ここでは「徹底的に懐疑的になる」「デッサンするように観察する」という2点を挙げたい。

徹底的に懐疑的になる、ことがなぜ必要かというと、現場では顧客が、当たり前のように製品やサービスを使い、それを通じて仕事したり、楽しんだりしている。この「当たり前のように」というのが曲者で、これにより顧客の一挙手一投足はとても自然で流れるようなものとして目に映る。つまり常に「なぜ顧客はこのような言動をとるのか」という問いを立てながら観察しないと、顧客の当たり前の中に潜む機会点や非合理性に気づくことができないのだ。

次に、デッサンするように、とは、どういう意味か。
デッサンは目にみえる風景や対象物を見える通りに描写することである。
試しにやってみるとわかるが、これはとても難しい。なぜならば人間は現実世界を認識する時、通常は概念の単位で行うからである。
概念の単位で認識する、というのがどういうことかというと、例えば筆者は年齢の割に髪が白いので、普通の人は筆者の頭を見て、「あの人は白髪だ」という認識をし、私の似顔絵を描く時は、上3分の1を大体白く塗りつぶすのではないかと思う。
だが、白髪という概念を一旦捨てて筆者の頭を見れば、グレーの髪もあれば黒いものもある。白黒比率も部位によって色々なグラデーションがある。
こういうことは、筆者の顔を「白髪」などの概念単位で認識するのではなく、あたかもスキャナーがスキャンするように見なくてはわからない。
この、人がその習い性として、スキャナーのようにみるのではなく、概念単位で認識してしまいがちである、というのがデッサンが難しい理由である。
難しくはあるが、いうまでもなく、デッサンするように観察すれば、情報量が増える。ので何か特異点に気づける可能性も上がる、ので、これが懐疑的に見るのと並んで重要である、という次第である。

以上、少し長くなったが、仕事の3つ目のコツとして、「実際にやってみる」「現場に行って観察してみる」ということを挙げたい。

本記事では、主に時間のセーブ・効率アップという観点から、3つのポイントに絞って考えてみたが、いうまでもなく、仕事のコツとしてはこれ以外のこともある。

例えば「しっくりくるアイデアが出るまで考え抜く」ことはとても大事で、かつ一見今日のポイントとコンフリクトするように見えるが、実はこれはorではなくAndで両方とも必要なことである。

こう考えてみると、仕事道というのは誠に厳しいものだ。
そしてその分、とてつもなく楽しくも、ある。

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