コロナ共生時代にふさわしい「転勤」とは
転勤と聞いて自分が真っ先に思い出すのは、子供の頃、親の転勤で人口数万の小さな町に移り住んだ経験である。地方都市ながら人口百万の大きな街だった生まれ故郷から引き離され、小学校に通い始めたばかりだったので、せっかく出来たクラスメートとも別れて、全く知らない土地に行ったことのストレスは非常に大きなものだった。結局その町で高校卒業までを過ごしたが、自分がその町に馴染めたかと言うと、そうではなかった。しかしそこで出会った人たちのなかには、自分の人生に大きな影響を与えてくれた人も一人や二人ではなかったし、またそうして見知らぬ土地に住むという経験自体も、自分にとって大切なことだったと、今にして思う。
その後、社会人になってからの私は、いわゆる転勤というものを経験したことはない。ただ一年のうちの通算数ヶ月を特定の出張先で過ごすことは、いくつかの都市や国で経験しており、それがご縁で自分が馴染みの街・国になった場所もある。
転勤とこうした出張との違いは、住居を構えるかどうかというところが大きな違いになるのだろうけれども、転勤によって単身赴任をしている人のことを考えると、単身赴任と出張での長期滞在がどのように違うのかというところは必ずしもはっきりしないと思う。結局その土地への帰属意識の差、ということになるだろうか。
ここで転勤を改めて定義しておくと、
会社が、
本人の意思に関係なく、
勤務地を変えること。
としたい。
会社が本人の意思に関係なく「配属先」を変えること、つまり通常の人事異動は、勤務地が変わらなければあまり問題にされることがないように思うのは、 それだけ住む場所へのこだわりが強いために、転勤がことさら取り上げられるということだろうか。
確かに、希望しない転勤をさせられるということは必ずしも望ましいことだとは言えない。例えば、その理由が子供の教育であったりあるいは親の介護であったりで、住む場所を変えることに大きな問題が起きる場合というのはあるだろう。
一方で、転勤しないことは、変わることを嫌う・恐れることにも通じるのではないかとも思う。変わらないことを重要視するのは日本(人)の特性と言っても良いのかもしれない。若い世代は「地元」を重視し、地元の外に出ることを望まない、ともきくし、ながらく農耕を生業として生きてきた多くの日本人の祖先から、土地に定着する志向が受け継がれているのかもしれない。ただし、変わらないことのメリットもあるが、同時にデメリットももたらされるということは改めて言うまでもないだろう。
また、転勤を嫌うのは、本社にだけ出世のチャンスが偏在していた時代の名残でもあるようにも思う。特定の場所に転勤させられることが「左遷」と目され、日本企業のサラリーマンのキャリア形成上マイナスなものであるという「常識」があったがゆえに、転勤への拒否感があるという一面も、特に一定以上の年齢層ではありそうだ。
会社が一方的に転勤を決めてしまうから問題になるのであって、会社が特定の勤務地での仕事をオファーし、希望者がそこに行くというマッチングができるのであれば、仕事や生活の場所を変えることは、人生を豊かにする可能性もあるし会社にとっても、社員の経験や視点の多様性を生むチャンスになるのではないだろうか。例えば、生まれ故郷や親元への里帰りとなる勤務地の変更であれば、喜んで受け入れられる可能性というのもあるだろう。
いわゆるコロナの問題が起きて、東京あるいは大都市への一極集中に対する疑問が示されるようになってきている。
多くの人が、東京の会社であれば東京本社での勤務を希望してきたのがこれまでだろうけれど、仕事の面はともかく、東京での生活、プライベートライフは果たして豊かなものだったのだろうか。もちろん、多くの人と顔を合わせるチャンスに恵まれてきたし、それが人々を東京をはじめとする大都市に惹きつけてきたわけだけれど、一方で、長時間満員電車に揺られての通勤で、かつては「うさぎ小屋」と言われたような、狭くて決して安くない家に住むことを余儀なくされてきた。それが昭和の時代であり、その延長線上にあった平成の時代だった。
コロナの問題で、リモートワーク・在宅勤務が(試験的な意味合いも強かったものの)一気に導入された結果、一か所に集中した「三密」の危険性がある本社を置くよりも、いくつかの場所に分散してオフィスを置き、オフィスとオフィスの間はオンラインで結べばよい、もっと言えば、社員がどこに居ようとリモートワークでも構わない、ということが判明した仕事や会社も少なくないと思う。そのような時代であれば、働く人に、自分の住みたい場所に住んで働くという選択肢を与えるものとして、新しい意味で「転勤」が再定義されるのであれば、多くの人がそれを望むのではないかと思うし、会社にとっても、リスク分散・事業継続性の強化や、社員のモチベーションアップ、やり方によってはコスト削減にもメリットのある制度になるはずだ。そういう「転勤」であれば、無くなってほしくない。
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