「次の山」は2020年6月【英EU離脱後の勘所】
サッチャー以来の大勝
「実質的には2度目の国民投票」と注目されたイギリス下院総選挙(定数650)は、ジョンソン首相率いる与党・保守党が365議席を獲得しました、過半数獲得はもちろん、保守党にとっては376議席を獲得した1987年のサッチャー政権以来の歴史的大勝です。野党については、最大勢力の労働党が40議席の203議席という惨敗を喫し、必然的にコービン党首が辞意を表明するに至っています。そのほか、スコットランド民族党が13議席増の48議席と勢力を伸ばした一方、自由民主党は10議席減の11議席へと後退しています。EU強硬離脱を掲げるブレグジット党の候補者取り下げによって、離脱支持の票が保守党に一極集中したのに対し、残留を支持する票が労働党、自由民主党、スコットランド民族党に分散化されるという、あらかじめ想定されていた通りの結果に着地したと言って良いでしょう。「労働党と自由民主党による残留派政権ができる」もしくは「どの勢力も多数派を取れない」という、金融市場にとっては最悪のシナリオは退けられ、2020年1月末に離脱というシナリオが現実のものとなりそうです。これにより金融市場では楽観ムードが支配的となり、株価が騰勢を強めています。イギリス国民は今回の総選挙を通じて、ジョンソン首相の抱くEU離脱への強い意志に全権を託したことになります(得票率で見れば議席数ほどの大差はついておらず、消去法でそうせざるを得なかったという実情もありそうですが)。
「次の山」は?
今後に関しては、まず2020年1月中にEUとの離脱協定案がようやく議会で可決され、1月末に離脱することになります。しかし離脱をしても、2020年末までは通商を筆頭に現行の経済関係が維持され、離脱に向けた「移行期間」という位置付けです。この移行期間中に、イギリスとEUは新たな通商関係について交渉して妥結し、2021年以降に備えなければなりません。これが「次の山」です。2020年末までに自由貿易協定(FTA)を用意できない場合、移行期間終了とともに関税ないし非関税障壁が発生し、いわゆる「合意なき(ノーディール)離脱」となります。そうした展開への恐怖がいまだに残っていることは忘れるべきではないでしょう。
では、2020年1月末にEUを離脱して、2月から通商交渉に着手したとして、わずか11か月でFTA締結・発効に至ることは本当に可能なのでしょうか。真っ当な感覚に照らせば、無理筋でしょう。通常の2国間貿易交渉とそれに付随するFTA締結であっても、発効までには相当の時間と体力が必要とされます。この点は特に通商交渉に明るくない向きでも想像がつくところではないでしょうか。イギリスが抜けても、EUにはなお27もの加盟国が存在します。2国間の交渉と比べて複雑な利害調整が必要になることは想像に難くありません。EUがこれまで締結してきた貿易協定は、交渉開始から批准までに数年を要したものが多く、そのことを考えると11か月間という交渉期間は無謀と言うほかありません。
また、近年話題となっているEUの一般データ保護規則(GDPR)に関し、英国に対する十分性認定も移行期間中に処理する必要があります。さらに、新たな離脱協定案で想定されているアイルランド、英領北アイルランドとの関税徴収メカニズムに係る詳細な制度設計についても、まだ何も決まっていません。こちらも2020年末までにやらねばならない宿題ですが、一筋縄でいかない問題であることは明白です。
2020年6月末、決断の時
イギリスとEUの双方が2020年6月末までに希望するなら、共同委員会の判断のもとで移行期間を最大2年間延長できるオプションも用意されています。しかし、当然のことながら延長期間中はEU規制を受け入れる必要がありますし、英国としての貿易交渉は封印され、EU予算への拠出も必要です。ゆえに、今回の総選挙に臨むにあたってジョンソン政権はそのような延長の可能性をあらかじめ否定しており、自ら退路を断った格好になっています。もちろん、過半数を大きく上回る議席を押さえたいま、ジョンソン首相が前言撤回して移行期間延長に舵を切ることはできるでしょう。しかし、「すべて自分で決められる以上、すべては自らの責任」という構図があるため、もはや失策を野党に責任転嫁することはできません。失策はそのまま支持率低下に直結します。
なお、11か月間で決着がつく可能性もゼロではありません。繰り返しになりますが、議会を押さえているので、ジョンソン首相がEUに譲歩を重ねる形で合意形成を優先することも不可能ではないでしょう。もっともそれはジョンソン首相のスタイルではなく、何より彼を支持した国民への裏切りになるため、政権基盤が揺らぐ話になります。基本的にはシナリオに組み込めない話でしょう。そんなわけで、「次の山」は間違いなく2020年半ばにやってくると考えた方が良いのではないかと思います。