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ユーロ圏のインフレ期待はどうなっているのか?

市場ベースのインフレ期待は安定
過去のnoteでも取り上げたように、ユーロ圏の経済・金融情勢が相対的に堅調な状況が続いています。これはIMF見通しなどにも表れています:

実体経済が堅調であることは喜ばしいことですが、目下、ECBがインフレ抑制の真っ最中にあることを思えば、経済の復調がインフレの粘着性に繋がる展開が当然懸念されます。2月8日にはナーゲル独連銀総裁が「ECBはもっと大幅な利上げが必要」との認識を強調したことが報じられてました。現状、ユーロ圏消費者物価指数(HICP)に目をやると、総合ベースこそピークアウトが始まっているものの、その上昇圧力がコアベースに波及し、持続性を帯び始めている疑いがあります:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR05BQL0V00C23A1000000/


コアベースの高止まりが続けば、必然的にインフレ期待の高止まり(もしくは加速)に繋がっていく恐れが抱かれます。

インフレ期待は大別するとブレイクイーブンインフレ率(BEI)に表れる市場ベース、アンケート調査などによる調査ベースに分かれます

前者に関し、ECBは伝統的に5年先5年物インフレスワップフォワード(5年先5年物BEI)を着目していることで知られます:

この点、過去1年間では2.0~2.5%と概ね安定しており、制御不能な状況には直面していません。むしろ欧州債務危機を経てインフレ期待の腰折れとデフレの粘着性が指摘される事態に陥っていたことを思えば、市場ベースのインフレ期待は正常化を果たしつつあるという評価も可能に思えます。ECBとしては5年先5年物BEIを現状の動きにとどめつつ、実績ベースのインフレを低め誘導したいはずです。

調査ベースのインフレ期待は予断許さず
一方、調査ベースのインフレ期待も歴史的な騰勢から小康を得ているように見えますが、まだ予断を許さないというのが実情です。2月3日には四半期に一度公表される予測専門家調査(SPF:Survey of Professional Forecastes)が公表されており、これがECBの注目する調査ベースのインフレ期待となります。図示される通り、SPFで示される今年(≒調査時点から見た今年)、1年先のインフレ期待は過去に経験がないほど跳ね上がっていましたが、今回(2023年1~3月期調査)で漸くピークアウトの兆しを見せ始めています:

もっとも、具体的に数字を見ると、今年(2023年)に関しては+5.9%、1年先(2024年)に関しては+3.6%と見通され、伸び率自体は依然高いものです。ECBの姿勢転換(pivot)を後押しするほどの材料とは言えないでしょう。2年先(2025年)で+2.2%、5年先(2028年)で+2.1%とそこまで見通してようやく収束が視野に入ります。

ちなみに前回(2022年10~12月期調査)と比較すると、2023年、2024年ともに上方修正されており、この背景について報告書では「高い賃金の伸びに加え、エネルギー価格上昇の間接的影響が予想以上により強く、幅広いものになっていること(ongoing stronger and broader than expected indirect effects as well as higher forecast wage growth)」との回答があったことが紹介されています。やはり「インフレの押し上げ項目がエネルギーからエネルギー以外にバトンタッチしつつある」という事実が現在のユーロ圏経済を語る上で最大の問題意識と言えそうです
 
ECB、当面は「やり過ぎの方がまし」の姿勢
本稿執筆時点で最新となる1月分のHICPは総合ベースで+8.2%、コアベースで+5.5%であり、いずれを参考にしてもECBのpivotを正当化する材料にはなりそうにありません。

フォワードルッキングな政策運営の観点に照らせば、実績ベースのHICPよりも上で見てきたような市場・調査ベースのインフレ期待が重要という話になりますが、市場ベースはともかく、調査ベースのインフレ期待はまだ危うい状態にあります。インフレ期待を放置すれば、企業の価格設定行動が強気化し、いずれ賃金インフレへ発展する懸念が残ります。そうなってしまった場合、これを鎮圧するためには相当の時間を要するでしょう。

こうした認識の下、ECBは「やり過ぎの方がまし」という姿勢で利上げ路線を堅持する誘因が依然大きいと筆者は考えます

今後に関しては、SPFにおけるインフレ期待の収束をはっきりと確認した上で、四半期に一度公表される妥結賃金統計でも賃金インフレの芽が完全に摘まれたと判断できるまで、ECBがタカ派姿勢を崩すことは考えにくいように思います。それはヘッドラインのHICPが如何に下落しても決定打にはなり得ないことを意味するでしょう。現状、金利先物市場では「FRBが利上げを停めてもECBの利上げは持続する」という織り込みが優勢であり、これが年内のユーロ相場の堅調を予想する理由でもあります。


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